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TORENDIA

或る男の恋文書式

本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

煙草屋の角にあるポストまで走り去った女性が、別れ際に抱いた複雑な恋心の断片を綴る。本書は、ある男性が恋愛を強いた女性に対し、せめてラブレターの書き方だけでも送ってほしいと懇願した際に渡した、手紙の文範を収める。月夜の別れに潜む悲喜劇的な心情を、書く側と受け取る側の視点から描き出し、恋愛における男と女のすれ違う心理と、その滑稽な哀感を浮き彫りにする。

岡本かの子

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🎧 或る男の恋文書式 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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お別れしてから、あの煙草屋の角のポストの処まで、無我夢中で私が走つたのを御存じですか。あれはあなたにお別れしたくない心が、一種の反動作用を、私の行為の上に現はしましたの。それから私、走りながらも夢中の夢のやうに考へましたことは私がもし一寸でもふりかへつたら私はまたあなたの方へ……いえつひにあなたへ走りかへつて、永遠にあなたから離れられない、あの月夜の、月の雫が太く一本下界に落ちて、そのまゝ停つたやうに真新らしく白く木肌をかゞやかした電柱の下にしよんぼりと私を見送つてたつてゐらつしやつたであらうあなたのおそばから。それから私は、夢中で走りながら、まだこゝろのなかで、はつきり意識したことがありましたの。それは、あなたが、私の走るうしろ姿を見送る眼に、これはまた、同じ月の雫でも、実に、それを濃まやかにあなたの眼に点附したやうなあなたのお涙が……それが、あなたの特長である、幅広の二重まぶたの所へあふれ出てしまはないうち、つまりそのお涙をたゝへたまゝのあなたのお眼によつて、昨夜のお別れの最後のなかからなくなる私の姿を完全にみまもつていたゞき度いといふ意慾を、あの夢中で走る私の胸にはつきりと私、意識してゐましたの。

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