利休と遠州
本文約5,800字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
堺衆の男は自慢の茶入・雲山に利休の賛辞を求めるが、冷遇された怒りで茶入を砕く。後に素人が修復した姿を見た利休が賛辞を送ったとの噂が広まり、名器として高値で取引されるようになる。その器を所持した大名京極安知は修復の拙さを不服に思い、後継者である小堀遠州に相談する。遠州は世間の評価を優先して継ぎ目の維持を勧めるが、死後に利休本人から賛辞の真意が単なる持ち主の心意気に対するものだと明かされ、自らの不明を恥じる。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
むかし、堺衆の一人に某といふ数寄者がありました。その頃の流行にかぶれて、大枚の金子を払つて出入りの道具屋から、雲山といふ肩衝の茶入を手に入れました。太閤様御秘蔵の北野肩衝も、徳川家御自慢の初花肩衝も、よもやこれに見勝るやうなことはあるまいと思ふにつけて、某はその頃の名高い茶博士から、何とか折紙つきの歎賞の言葉を得て、雲山の誉れとしたいものだと思つてゐました。
機会は来ました。ある日のこと、某は当時の大宗匠千利休を招いて、茶会を催すこととなりました。
かねて主人の口から、この茶入について幾度ならず吹聴せられてゐた利休は、主人の手から若狭盆に載せられたこの茶入を受け取つてぢつと見入りました。名だたる宗匠の口から歎美の一言を待ち設けた主人の眼は、火のやうに燃えながら、利休の眼を追つて幾度か茶入の肩から置形の上を走りました。
あらゆる物の形を徹してその心を見、その心の上に物の調和を味はふことに馴れてゐる利休の眼は、最初にちらとこの肩衝を見た時から、この茶入の持つ心持がどうも気に入らなかつた。しかしできるだけその物の持つてゐる美しい点を見逃すまいとする利休の平素からの心掛けは、隠れた美しさを求めて、幾度か掌面の茶入を見直さしました。肩の張りやうにも難がありました。置形にも批の打ちどころがありました。一口に言へば衒気に満ちた作品でした。
利休は何にも言はないで、静かにその肩衝を若狭盆の上に返さうとしました。その折でした。利休が自分に注がれた主人の鋭い眼付きを発見しましたのは。その眼には驕慢と押しつけがましさとが光つてゐました。利休はその一刹那に、主人の表情に茶入の心持を見てとりました。茶入の表情に主人の心持を味はひました。
主人は得意さうに利休の一言を待ち構へてゐました。利休は何にも言ひませんでした。狭い茶室はこの沈黙に息づまるやうに感ぜられました。