旧聞日本橋
本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
明治時代の日本橋を舞台に、著者の家に出入りしていた古屋島七兵衛をはじめとする、一癖ある書生たちの姿を描く。三百代言と称される彼らは、訴訟好きの壮士や没落した旗本の兄弟、仕立屋など多種多様な人物で構成される。本作は、裁判所への出入りを特権と喜ぶ彼らの滑稽で奇妙な生態や、旗本の格式に固執する一家の滑稽な葬儀計画などを通じて、市井の人々の営みと哀感を活写する随筆である。
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古屋島という名は昔の武者にでもありそうだし、明治維新後の顕官の姓名にもありそうだが、七兵衛さんというと大変心安だてにきこえる。葱を売りにくる人にも、肥とろやさんにも、薪屋さんにもありそうな名だ。この名を覚えているのは、あたしの家の書生さんだったから――というより、道十郎めっかちを思いださせる顔だったからだ。
道十郎めっかちというのは、キシャゴの遊びで、つぶの大きなキシャゴを二つもって、上からふると、片っぽひっくりかえって、貝殻の背でない方を出す、それが道十郎めっかちで、なんのためにそういう名がついているのか知らない。それとも江戸から続いて有名な役者市川団十郎の代々が、大きな眼玉で通っているので、片っぽひっくりかえって団十郎めっかちが転化したものかどうか、それとも他に由縁があるのか知らない。
それはどうでも好いとして、古屋島氏の顔に、汚ないキシャゴの道十郎めっかちがついているのだった。おまけにそれがばかに大きい。濁って、ポカンと開いた黄色い中に、眼球が輝きもなく一ぱいに据って動かずにいる。盤台面で、色が黄ばんだ白さで、鼻が妙に大きい。ザンギリで、下を向いていて、ヘエ、サヨサヨという時だけ眼球を上にあげる。
書生さんといったからとて、五十近かったかもしれない。黒い前掛けをしめて、角帯に矢立をさしている時もあった。
「あれはなんなの?」
アンポンタンがそう訊いたことがある。
「あの人は公事師といって、訴訟がすきで――三百代言……」
アンポンタンは子供心にこう理解した。代言人のとこへくるから三百代言?
三百人は来はしないが、そういう通いの書生さんは大勢来た。よく考えて見ると、自分たちの手におえなくなったものを担ぎ込んできて、便宜上、先生先生とやって来たものと見える。そのうちに、小さな仕事――差押え解除だとか、書翰の写しだとか、公判の延期だとか、相当の用をもらって、彼らはもぐりでなく、大手を振って裁判所に出入する特権を、幼くもよろこんだのであろう。