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TORENDIA

大川ばた

本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

大川は、かつて澄み渡る青い水面と美しい水郷の風情を湛え、芭蕉や賀茂眞淵ら文化人を惹きつけていた。その後、吉原の移転や芝居小屋の発展とともに特有の文化が花開き、江戸錦絵のような華やかな賑わいを見せる。本作は、そうした情緒を伝える小山内薫の小説を通じ、かつての旧文明の遺産が残る大川端の風景と、震災を経て変貌を遂げた新興首都・東京の現在を回顧しながら、都市の記憶と変遷を綴る。

長谷川時雨

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🎧 大川ばた / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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大川は、東京下町を兩斷して、まつすぐに流れてゐる。

その古の相貌は、まことに美しい潮入り川で、蘆荻ところどころ、むさしの側は、丘は鬱蒼として、下總野の、かつしかあがたは、雲手の水に水郷となり、牛島の御牧には牛馬が放牧されてゐた。北には筑波が朝紫に、西に富士はくれなゐの夕照にくつきりと白く、東南に安房上總は青黛のやうに、海となる空のはてに淡い。

このころこそ全くの隅田川で、

名にしおはばいざこと問はん都鳥我思ふ人はありやなしやと。

と、東下りの業平さんに涙させた――もつとも、その古跡は、埼玉の古利根川だともいふが――白き鳥の、喙と足の赤いのが、いう/\と魚をくつて、むつれてゐたのだ。してまた、白い鳥がくつきりと見えるほど、水は澄んで青かつたのだ。

お江戸となつた元祿のころには、江東にばせをが住んでゐて、大川に、新大橋がかかると、

ありがたやいただいてふむ橋の霜。

と吟じ、五十年ばかりたつと、賀茂の眞淵うしの縣居は、こつちがしの濱町、大川の浦に新築され、庭を野邊、畑につくり、名ある國學者を招いて十三夜の月をめでてゐる。

その時分の大川端、中洲の三叉は月の名所で、これまた泥川の濁流ではない。

大川端といふ名が、ある種の魅惑をもつてきこえてきたのは、吉原が淺草千束村に移り、その交通路とこの川筋がなつたので、特殊の文化を兩岸に生んで來てからで、辰巳(深川)お旅辨天や松井町(本所)の賑はひと、辰巳文學(といつてよければ)香夢洲文學と切りはなされない。やがて、日本橋人形町の芝居小屋が淺草猿若町に移轉すると、吉原、觀音樣地内、芝居茶屋、舟宿、柳橋、兩國の盛り場と石濱、山の宿側は流れて來て、

おゝ、あの舟でゆくのは、田之助ぢやないか。

といふふうに大川筋は、遊山、氣保養の本花道となり、兩河岸は大名下邸の土塀と、いきな住居の手すりと、お茶屋といふ、江戸錦繪、浮世繪氣分横溢となつた。

そんなことをいつてゐたらば限りがないが、それらの脈をひいた新時代的のものをいへば、故小山内薫さんの小説「大川端」が、明治の末から大正のはじめにかかる大川端情緒を、名殘りなく現はしてゐる。

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