一
「鸚鵡さん、しばらくね……」
と眞紅へ、ほんのりと霞をかけて、新しい火の※[#「火+發」、U+243CB、624-3]と移る、棟瓦が夕舂日を噛んだ状なる瓦斯暖爐の前へ、長椅子を斜に、ト裳を床。上草履の爪前細く※娜[#「女+島」の「山」に代えて「衣」、U+5B1D、624-4]に腰を掛けた、年若き夫人が、博多の伊達卷した平常着に、お召の紺の雨絣の羽織ばかり、繕はず、等閑に引被けた、其の姿は、敷詰めた絨氈の浮出でた綾もなく、袖を投げた椅子の手の、緑の深さにも押沈められて、消えもやせむと淡かつた。けれども、美しさは、夜の雲に暗く梢を蔽はれながら、もみぢの枝の裏透くばかり、友染の紅ちら/\と、櫛卷の黒髮の濡色の露も滴る、天井高き山の端に、電燈の影白うして、搖めく如き暖爐の焔は、世に隱れたる山姫の錦を照らす松明かと冴ゆ。
博士が旅行をした後に、交際ぎらひで、籠勝ちな、此の夫人が留守した家は、まだ宵の間も、實際蔦の中に所在の知るゝ山家の如き、窓明。
廣い住居の近所も遠し。
久しぶりで、恁うして火を置かせたまゝ、氣に入りの小間使さへ遠ざけて、ハタと扉を閉した音が、谺するまで響いたのであつた。
夫人は、さて唯一人、壁に寄せた塗棚に据置いた、籠の中なる、雪衣の鸚鵡と、差向ひに居るのである。
「御機嫌よう、ほゝゝ、」
と莟を含んだ趣して、鸚鵡の雪に照添ふ唇……
籠は上に、棚の丈稍高ければ、打仰ぐやうにした、眉の優しさ。鬢の毛はひた/\と、羽織の襟に着きながら、肩も頸も細かつた。
「まあ、挨拶もしないで、……默然さん。お澄ましですこと。……あゝ、此の間、鳩にばツかり構つて居たから、お前さん、一寸お冠が曲りましたね。」
此の五日六日、心持煩はしければとて、客にも逢はず、二階の一室に籠りツ切、で、寢起の隙には、裏庭の松の梢高き、城のもの見のやうな窓から、雲と水色の空とを觀ながら、徒然にさしまねいて、蒼空を舞ふ遠方の伽藍の鳩を呼んだ。――眞白なのは、掌へ、紫なるは、かへして、指環の紅玉の輝く甲へ、朱鷺色と黄の脚して、輕く來て留るまでに馴れたのであつた。