麻を刈る
本文約13,700字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
著者自身の体験を交え、明治期の東京における人力車の普及と、それに伴う風俗や情事を綴る。俥にまつわる流行唄や街の賑わい、当時の乗り方の作法や、自身の体験した逸話を回想する。さらに、蕎麦や梨に対する独自の視点や、紅葉先生との思い出を織り交ぜながら、時代の変遷とともに移り変わる街の情景と、自身の若き日の随想を叙情的に描く。
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明治十二三年頃の出版だと思ふ――澤村田之助曙双紙と云ふ合卷ものの、淡彩の口繪に、黒縮緬の羽織を撫肩に引つ掛けて、出の衣裝の褄を取つた、座敷がへりらしい、微醉の婀娜なのが、俥の傍に彳ずんで、春たけなはに、夕景色。瓦斯燈がほんのり點れて、あしらつた一本の青柳が、裾を曳いて、姿を競つて居て、唄が題してあつたのを覺えて居る。曰く、(金子も男も何にも入らぬ微醉機嫌の人力車)――少々間違つて居るかも知れないが、間違つて居れば、其の藝妓の心掛で、私の知つた事ではない。何しろ然うした意氣が唄つてあつた。或は俥のはやりはじめの頃かも知れない。微醉を春の風にそよ/\吹かせて、身體がスツと柳の枝で宙に靡く心持は、餘程嬉しかつたものと見える。
今時バアで醉拂つて、タクシイに蹌踉け込んで、いや、どツこいと腰を入れると、がた、がたんと搖れるから、脚を蟇の如く踏張つて――上等のは知らない――屋根が低いから屈み腰に眼を据ゑて、首を虎に振るのとは圖が違ふ。第一色氣があつて世を憚らず、親不孝を顧みざる輩は、男女で相乘をしたものである。敢て註するに及ばないが、俥の上で露呈に丸髷なり島田なりと、散切の……惡くすると、揉上の長い奴が、肩を組んで、でれりとして行く。些と極端にたとへれば、天鵞絨の寢臺を縱にして、男女が處を、廣告に持歩行いたと大差はない。
自動車に相乘して、堂々と、淺草、上野、銀座を飛ばす、當今の貴婦人紳士と雖も、これを見たら一驚を吃するであらう。誰も口癖に言ふ事だが、實に時代の推移である。だが其のいづれの相乘にも、齊しく私の關せざる事は言ふまでもない。とにかく、色氣も聊か自棄で、穩かならぬものであつた。
――(すきなお方と相乘人力車、暗いとこ曳いてくれ、車夫さん十錢はずむ、見かはす顏に、その手が、おつだね)――恁う云ふ流行唄さへあつた。おつだね節と名題をあげたほどである。何にしろ人力車はすくなからず情事に交渉を持つたに相違ない。
金澤の人、和田尚軒氏著。郷土史談に採録する、石川縣の開化新開、明治五年二月、其の第六號の記事に、