湖光島影
本文約12,000字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
比叡山の僧房で暮らす語り手が、窓から見える堅田の町の灯火と琵琶湖の風景に誘われ、山を降りて湖上巡りの旅に出る。汽船で堅田から出発し、湖西の明神岬や竹生島を巡り、北から東岸の長浜、彦根へと向かう。道中では、歴史や自然が調和する風景を眺めながら、産業化によって失われゆく昔の情景への思慕や、湖上の静寂の中での心象を綴る。琵琶湖を一周する旅を通じて、広大な水面と周囲の山々が織りなす多様な景致を繊細に描写する。
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比叡山延暦寺の、今、私の坐つてゐる宿院の二階の座敷の東の窓の机に凭つて遠く眼を放つてゐると、老杉蓊鬱たる尾峰の彼方に琵琶湖の水が古鏡の表の如く、五月雨霽れの日を受けて白く光つてゐる。湖心の方へ往復する汽船が煙を吐いて靜かに滑つてゆくのも見える。帆船が動いてゐるのも見える。そのあたりは山の上から眺めても湖水が最も狹められてゐる處で、向ふ側から長く突き出して來てゐる遠洲は野洲川の吐け口になつてゐる。北方(西岸)から突き出てゐる所に人家が群つてゐて、空氣の澄明な日などには瓦甍粉壁が夕陽を浴びて白く反射してゐる。やがて日が比良比叡の峰つゞきに沒して遠くの山下が野も里も一樣に薄暮の底に隱れてしまふと、その人家の群つてゐる處にぽつりぽつり明星のごとき燈火が山を蔽うた夜霧を透して瞬きはじめる。その賑やかな人家の群りが先頃から、京都の繁華を離れて此の無人聲の山の上の僧房生活をしてゐる者の胸には何となく懷しくて堪らない。人里の夜の燈火のむれがどんなに此の山の上からは心を惹くか知れない。そこは八景の一つに數へられてゐる堅田の町であつた。堅田の町、秋ならば雁の降りる處。また浮御堂の立つてゐるので知られてゐる名勝區である。叡山東麓の坂本からこの延暦寺の根本中堂のあるところまで急阪二十五町の登路。坂本から堅田までは汀づたひに二里弱離れてゐるから、私の凭つてゐる窓から燈火の見えてゐる處まで直徑どのくらゐあるか、私は兎に角、早く一度そちらに降りていつてみたくなつた。