TRENDIA CLASSIC

風呂桶

徳田秋声

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津島はこの頃何を見ても、長くもない自分の生命を測る尺度のやうな気がしてならないのであつた。好きな草花を見ても、来年の今頃にならないと、同じやうな花が咲かないのだと思ふと、それを待つ心持が寂しかつた。一年に一度しかない、旬のきまつてゐる筍だとか、松茸だとか、さう云ふものを食べても、同じ意味で何となく心細く思ふのであつた。不断散歩しつけてゐる通りの路傍樹の幹の、めきめき太つたのを見ると、移植された時からもう十年たらずの歳月のたつてゐることが、またそれだけ自分の生命を追詰めて来てゐるのだと思はれて、好い気持はしないのであつた。しかし津島のやうな年になると、死に面してゐる肺病患者が、通例死の観念と反対の側に結構脱れてゐられると同じやうに、比較的年の観念から離れがちな日が過せるのであつた。闇雲に先きを急ぐやうな若い時の焦躁が、古いバネのやうに弛んで、感じが稀薄になるからでもあるが、一つは生命の連続である子供達の生長を悦ぶ心と、哀れむ心が、自分の憂ひを容赦してくれてゐるのであつた。

その朝津島は一人の来客と無駄話をしてゐた。そんな時に彼は、それが特別な興味を惹くとか、親しみを感ずるとかいふ場合でない限り、気分が苛々して来るのであつた。いつもさう感じもしない時間の尊いことを、特別に思ひだしでもしたやうに、取返しのつかない損をしてゐるやうに感じて、苛々するのであつたが、しかし其の人が遠慮して帰りさうにすると、思ひ切りわるく引止めたくもなるのであつた。津島は其の時ふと、妙なことが気になつた。それは其の来客と何の係りもないことだが、それが気になり出すと、もう落着いて応答してゐられないのであつた。彼は浮の空で話のばつだけを合してゐた。それは板塀一つ隔てた、津島の書斎から言へば、前の方にあたる一つの家の台所で、ちやうど其の時やつて来た大工に何か指図をしてゐる妻のさく子の声が、妙に彼の神経を刺戟したのであつた。

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