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TORENDIA

爛

本文約73,700字 ・ 読了時間 約148分

あらすじ(AIが作成しました)

下谷から麹町へ移り住んだお増は、妻子ある男性・浅井と平穏とは言い難い生活を送る。次第に孤独や将来への不安を抱える中で、二人は周囲の人間関係や金銭問題に翻弄される。やがて浅井との生活に変化が訪れ、お増は浅井が関わる若い女性・お今の結婚式に立ち会うこととなる。複雑な人間模様の中、自身の境遇と向き合いながら、移ろいゆく日々の生活と人間関係の機微を描く物語である。

徳田秋声

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一

最初におかれた下谷の家から、お増が麹町の方へ移って来たのはその年の秋のころであった。

自由な体になってから、初めて落ち着いた下谷の家では、お増は春の末から暑い夏の三月を過した。

そこは賑やかな広小路の通りから、少し裏へ入ったある路次のなかの小さい平家で、ついその向う前には男の知合いの家があった。

出て来たばかりのお増は、そんなに着るものも持っていなかった。遊里の風がしみていたから、口の利き方や、起居などにも落着きがなかった。広い大きな建物のなかから、初めてそこへ移って来たお増の目には、風鈴や何かと一緒に、上から隣の老爺の禿頭のよく見える黒板塀で仕切られた、じめじめした狭い庭、水口を開けると、すぐ向うの家の茶の間の話し声が、手に取るように聞える台所などが、鼻がつかえるようで、窮屈でならなかった。

その当座昼間など、その家の茶の間の火鉢の前に坐っていると、お増は寂しくてしようがなかった。がさがさした縁の板敷きに雑巾がけをしたり、火鉢を磨いたりして、湯にでも入って来ると、後はもう何にもすることがなかった。長いあいだ居なじんだ陽気な家の状が、目に浮んで来た。男は折り鞄などを提げて、昼間でも会社の帰りなどに、ちょいちょいやって来た。日が暮れてから、家から出て来ることもあった。男は女房持ちであった。

お増は髪を丸髷などに結って、台所で酒の支度をした。二人で広小路で買って来た餉台のうえには、男の好きなや、鯛煎餅の炙ったのなどがならべられた。近所から取った、鰻の丼を二人で食べたりなどした。

いつも肩のあたりの色の褪めた背広などを着込んで、通って来たころから見ると、男はよほど金廻りがよくなっていた。米琉の絣の対の袷に模様のある角帯などをしめ、金縁眼鏡をかけている男のきりりとした様子には、そのころの書生らしい面影もなかった。

酒の切揚げなどの速い男は、来てもでれでれしているようなことはめったになかった。会社の仕事や、金儲けのことが、始終頭にあった。そして床を離れると、じきに時計を見ながらそこを出た。閉めきった入口の板戸が急いで開けられた。

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