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TORENDIA

挿話

本文約26,400字 ・ 読了時間 約53分

あらすじ(AIが作成しました)

病身の兄の見舞いでK市を訪れた道太は、甥の辰之助とともに馴染みの料理屋やおひろ・お絹姉妹の住まいへ足を運ぶ。多忙な日常から離れ、少年時代を過ごした土地の静寂の中で時を過ごす道太だったが、兄の容態の変化や周囲の人間模様に翻弄される。やがて帰京を促す電報が届き、道太は兄の枕元を見守りながら、密かな交流を続けたお絹の存在を胸に抱き、再び汽車でK市を去る様子を描く。

徳田秋声

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一

道太が甥の辰之助と、兄の留守宅を出たのは、ちょうどその日の昼少し過ぎであった。彼は兄の病臥している山の事務所を引き揚げて、その時K市のステーションへ著いたばかりであったが、旅行先から急電によって、兄の見舞いに来たので、ほんの一二枚の著替えしかもっていなかったところから、病気が長引くとみて、必要なものだけひと鞄東京の宅から送らせて、当分この町に滞在するつもりであったが、嫂も看護に行っていて、留守宅には女中が二人いるきりなので、どこぞほかに宿を取ろうという算段であった。兄の家では、大阪から見舞いに来ていた、××会社の重役である嫂の弟が、これも昨日山からおりて、今日帰るはずで立つ支度をしていた。

「ここもなかなか暑いね」道太は手廻りの小物のはいっているバスケットを辰之助にもってもらい、自分は革の袋を提げて、扇子を使いながら歩いていた。山では病室の次ぎの間に、彼は五日ばかりいた。道太の姉や従姉妹や姪や、そんな人たちが、次ぎ次ぎににK市から来て、山へ登ってきていたが、部屋が暑苦しいのと、事務所の人たちに迷惑をかけるのを恐れて、彼はK市で少しほっとしようと思って降りてきた。

「何しろ七月はばかに忙しい月で、すっかり頭脳をめちゃくちゃにしてしまったんで、少し休養したいと思って」

「それなら姉の家はどうですか。今は静かです」

「さあ」道太の姪の家も広くはあるし、水を隔てて青い山も見えるので、悪くはないと思ったけれど、未亡人の姪が、子供たちと静かに暮らしているので厄介になるのも心苦しかった。

「とにかく腹が減ったね」

「え、どこか涼しいところで風呂に入って御飯を食べましょう。途中少し暑いですけれど、少しずつ片蔭になってきますから」

それから古道具屋などの多い町を通って、二人は川の縁へ出てきた。道太が小さい時分、泳ぎに来たり魚を釣ったりした川で、今も多勢子供が水に入っていた。岸から綸を垂れている男もあった。道太はことに無智であった自分を懐いだした。崖の上には裏口の門があったり、塀が続いたりして、いい屋敷の庭木がずっと頭の上へ枝を伸ばしていた。昔から持ち続いた港の富豪の妾宅なぞがそこにあった。

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