旅の絵
本文約13,300字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
神戸を訪れた「私」は、ホテル・エソワイアンで過ごす数日間、日常から隔絶された空間で奇妙な旅愁を覚える。馴染みのない街を散策し、知人のT君とホテルを探し歩く日々を送る中で、宿泊先特有の陰惨で重苦しい空気に窒息感を募らせる。体調を崩し東京へ帰還した「私」は、旅の夜に読んだハイネの詩集を読み返し、当時抱いていた不可解な心理と絶望的な詩の世界が密接に重なり合っていたことに気づく。
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……なんだかごたごたした苦しい夢を見たあとで、やっと目がさめた。目をさましながら、私は自分の寝ている見知らない部屋の中を見まわした。見たこともないような大きな鏡ばかりの衣裳戸棚、剥げちょろの鏡台、じゅくじゅく音を立てているスティム、小さなナイト・テエブルの上に皺くちゃになって載っている私のふだん吸ったことのないカメリヤの袋(私はそれを何処の停車場で買ったのだか思い出せない)、それから枕もとに投げ出されている私の所有物でないハイネの薄っぺらな詩集、――そう云うすべてのものが、ゆうべから私の身のまわりで、私にはすこしも構わずに、彼等の習慣どおりに生き続けているように見えた。今しがた見たことは確かに見たのだが、どうしても思い出せない変にごたごたした夢も、それまで自分はぐっすり眠っていたのだという感じを私に与えはしているものの、同時に、まるで他人の眠りを借りていたかのような気にも私をさせないことはなかった。……
私はベッドから起き上ると、窓を開けに行った。しかしその窓のそとはすぐ高い石囲いで、石囲いの向うには曇った空と、隣りの庭のすっかり葉の落ちきった裸の枝先きが見えるきりだった。が、その窓を通して、しっきりなしに汽船のサイレンがはいってきた。その聞きなれない異様な叫びは、自分がいま東京から離れている、目に見えない長距離を、一瞬間、私の目に浮び上らせそうにした。そういう喧騒の中からひょっくり生れてきかかった一種の旅愁に似たもの、――私は再び窓を閉じた。……