あいびき
本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
急な坂道の途中にある荒れ果てた空家に、一組の少年と少女が迷い込む。二人は庭や家屋を探索し、二階へ続く階段を見つけて冒険心を募らせるが、壁の落書きを見て引き返す。その後、二人は町を歩きながら空想を語り合い、文学的な雰囲気を纏いつつ、未知の街並みの中で互いの距離を縮めていく。五月の穏やかな午後の光の中で、小さな恋人たちの心理的な機微と、空想と現実の狭間にある独特の情景を描く。
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……一つの小径が生い茂った花と草とに掩われて殆ど消えそうになっていたが、それでもどうやら僅かにその跡らしいものだけを残して、曲りながらその空家へと人を導くのである。もう人が住まなくなってから余程になるのかも知れぬ。それまで西洋人の住まっていたらしいことは、そのささやかな御影石の間に嵌めこまれた標札にかすかに A. ERSKINE と横文字の読めるのでも知られる。
その空家は丁度或るやや急な傾斜をもった坂道の中腹にあった。一たいに坂道というものがどれでも多少人を夢見心地にさせる性質のものである。そういう坂道の中途まで来てふと足を止めた瞬間、ひょいとそんな荒れ果てた庭園が目に入るので、人はますますその空家を何だか夢の中ででも見ているような気がするのである。
或る日のこと、その坂道を一人の少年と一人の少女とが互いに肩をすりあわせるようにして降りてきた。小さな恋人たちなのかも知れない。そう云えば、さっきから自分等のための love-scene によいような場所をさんざ捜しまわっているのだが、それがどうしても見つからないですっかり困ってしまっているような二人に見えないこともない。――
そんな二人がその坂の中途まで下りて来て、ふと足を止めて、そういう絵のような空家とその庭とを目に入れたのである。それを見ると、二人は互いに目と目とでこんな会話をしたようだった。「ここなら誰にも見られっこはあるまい」「ええ、私もそう思うの……」
そう決めたのか、二人はその坂の中腹から彼等の脊ぐらいある雑草をかき分けながらその空家の庭へずんずんはいって行った。ちょっと不安そうな眼つきで横文字の書いてある標札をちらりと見ながら。……
その庭園の奥ぶかくには、彼等が名前を知らないような花がどっさり咲いていた。少年はその一つの叢を指しながら、
「やあ、薔薇が咲いていらあ……」と、いくぶん上ずった声で云った。
「あら、あれは薔薇じゃありませんわ」少女の声はまだいくらか少年よりも落着いている。「あれは蛇苺よ。あなたは花さえ見れば何でも薔薇だと思う人ね……」
「そうかなあ……」