TRENDIA CLASSIC

卜居

堀辰雄

1 / 4

この家のすぐ裏がやや深い谿谷になっていて――この頃など夜の明け切らないうちから其処で雉子がけたたましく啼き立てるので、いつも私達はまだ眠いのに目を覚ましてしまう程だが、――それでも私はその谿谷が悪くなく、よく小さな焚木を拾いがてらずんずん下の方まで降りていったりする。その谿谷の丁度向う側にある、緑色の屋根をした大きなヴィラが、いまはまだ木の枝を透いて手にとるように見える位。その谷間の雑木林はやっと芽を出したばかりだが、今日なんぞ、そこで焚木を拾っていたら、ぶんと蚋らしいものがいきなり飛んできて、私の顔のまわりにいつまでもつきまとっていた。少しうるさかったが、なんだかちょっとそれに夏の気分を感じて、懐かしくもあった。――それほどもう夏の或るものがついそこまで来かけているというのに、それを除いたすべてのものにはまだ春さえ充分には行き渡っていない。夜なんぞはこれで想像以上に寒い。いまだっても、この手紙を書きながら、ファイア・プレェスに火を焚いているほどだ。しかしそれは私が昼間谷から自分で採ってきた僅かな焚木でも事足りる、わざわざ薪を買うほどのこともない……と、まあ、そういった位の余寒さだ。

堀辰雄の他の作品