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TORENDIA

卜居

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

山奥に新居を構えた作家が、知人への手紙という形式で、妻との生活や自身の心境を綴る。古い椅子や屋根裏部屋に惹かれて選んだ不便な小屋で、リルケの書物に親しみ、独身時代の自分と結婚生活者の二つの顔を抱えながら、静かな日々の喜びと孤独を描く。裏の谿谷の自然、可憐な菫の花、庭に現れる犬の姿などを通じ、詩人のような暮らしに憧れる自らの心模様と、過ぎ去りゆく青春への複雑な思いを静かに語る随筆である。

堀辰雄

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🎧 卜居 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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この家のすぐ裏がやや深い谿谷になっていて――この頃など夜の明け切らないうちから其処で雉子がけたたましく啼き立てるので、いつも私達はまだ眠いのに目を覚ましてしまう程だが、――それでも私はその谿谷が悪くなく、よく小さな焚木を拾いがてらずんずん下の方まで降りていったりする。その谿谷の丁度向う側にある、緑色の屋根をした大きなヴィラが、いまはまだ木の枝を透いて手にとるように見える位。その谷間の雑木林はやっと芽を出したばかりだが、今日なんぞ、そこで焚木を拾っていたら、ぶんと蚋らしいものがいきなり飛んできて、私の顔のまわりにいつまでもつきまとっていた。少しうるさかったが、なんだかちょっとそれに夏の気分を感じて、懐かしくもあった。――それほどもう夏の或るものがついそこまで来かけているというのに、それを除いたすべてのものにはまだ春さえ充分には行き渡っていない。夜なんぞはこれで想像以上に寒い。いまだっても、この手紙を書きながら、ファイア・プレェスに火を焚いているほどだ。しかしそれは私が昼間谷から自分で採ってきた僅かな焚木でも事足りる、わざわざ薪を買うほどのこともない……と、まあ、そういった位の余寒さだ。

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