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TORENDIA

「美しかれ、悲しかれ」

本文約4,300字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

鎌倉で療養中の筆者が、かつての文学仲間へ宛てた書簡を通して、自身の創作活動と精神的な変遷を綴る。若き日の仲間たちとの交遊や、ボオドレエルの言葉から受けた影響を回想しつつ、孤独な生活から結婚を経て、他者への関心へと移り変わる心情を明かす。自身の作品における自己内省的なモノローグから、他者との対話を目指す新たな試みへの意志と、作家として鍛えられてゆく生活への向き合い方を静かに語る随筆である。

堀辰雄

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🎧 「美しかれ、悲しかれ」 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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十月六日、鎌倉にて  お手紙うれしく拝読いたしました。半年ぶりで軽井沢から鎌倉に戻ってきたばかりで、まだ何か気もちも落ちつかないままにお返事を遅らせておって申訳ありません。

丁度軽井沢を立ってくる前に、いただいた御本の中の「樹々新緑」などをなつかしく拝読して参ったばかりのところへ、又お手紙でその時分のことをいろいろと蘇らせられ、本当に何から先にとりあげて御返事を書いたらいいのか分らない位です。

あの頃のこと――あなたがお手紙や「樹々新緑」の中でお書きになったその時分のこと――を思いうかべると、いつも僕の口癖のようになって浮んでくる一つの言葉があります。或る時はフランス語で、〈Sois belle, Sois triste〉と、――又或る時は同じ言葉を「美しかれ、悲しかれ」と。――ときには僕はその文句に「女のひとよ」という一語を自分勝手につけ加えて、口の中でささやいて見ることもある。そうすると僕の裡にいろんな事が浮んできたものでした。あなたがお書きになっていた、田端や日暮里のあたりの煤けたような風景や、みんなの住んでいた灰色の小さな部屋々々や、毎夜のようにみんなと出かけていった悲しげな女達の一ぱいいたバアや、それから、二三度そんな若い僕たちの仲間入りをして一しょに談笑せられていた芥川さんがすこし酔い加減になってそういう女達を見まわしながらふいと思い出されたように僕の耳にささやかれたその〈Sois belle, Sois triste〉という言葉だのが……

それはボオドレエルの一行でした。そのあとでお書きになったものを見ると、そのときの芥川さんにはふいと思い出されたそのボオドレエルの美しい一行が、よほど深く胸におこたえになったものと見えます。

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