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TORENDIA

現今の少女小説について

本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

悲惨な物語ばかりが並ぶ当時の少女小説の現状を論じる。感傷的で涙を誘うだけの作品が、多感な時期にある少女の精神形成に悪影響を及ぼすと指摘する。著者は、世の中の暗い側面に目を向けさせるだけの物語は、少女の心理を歪め、希望や美しさを失わせると批判する。作家に対し、流行に迎合した安易な表現をやめ、健やかで重みのある、芸術的な作品へと改革するよう求めている。

宮本百合子

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🎧 現今の少女小説について / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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今行われる少女小説について私は自分の荷にあまるほどいろいろの事を考えさせられるんです。

一寸行きずりに本屋の店をのぞいても飾ってある少女小説の数はほんとうに沢山でそれで又何故だか、「何子の涙」だとか、「何この歎」だのって云うのばかりですねえ。

少女小説って名のつくのは皆、涙だの、歎だのって云うんでなければいけないきまりが有るんでしょうか。

私はどう云うものかと思ってその沢山の中の二三冊読んで見ました。

それでどう云うものだか、と云う事を知りました。

私の読んだのは、どれもどれもみじめな可哀そうな娘を中心にして暗い、悲惨な、憎しみだの、そねみだの、病や又は死、と云うものをくっつけてありました。

それを読みながら、私でさえ淋しい気持になりました。又そうなる様に書いてあるんです。

まあ少女小説を読もうと云うのはどうしても十二三頃からいつまでも子供っぽい人は十七八まで面白がって読むらしゅうござんす。

そうすれば何でも物事に感じやすい極く極くセンチメンタルになる頂上を少女小説は通って行くんです。

十五六から二十近くまでの娘の心と云うものはまるで張りきった絃の様にささやかな物にふれられてもすぐ響き、微風にさえ空鳴りがするほどで、涙もろい、思いやりの深い心を持って居るんです。

この時代になれば、どんな幸福な家にある娘でも、何とはなし悲しい事ばかり考える様にもなります。

わけもなくて世の中がいやになる、そんなのもこの時分なんです。

注意深い母親はそう云う時代の娘を必してだまってわきから見ては居ません。

なるたけ愉快な仕事をあずけるとか又は自分のそばに置いていろいろな事をしゃべるとか、当人のこのんで居る事に力をそえてやるとかします。

けれ共そう云う母親はあんまりあるもんじゃあありません。

だまって本でも見て居れば安心して居ます。

斯う云う心理状態にある娘はきっと哀れっぽい涙ばっかり流さなければならない様な物語りばっかりすいて読むんです。

そしてまるで自分をその物語りの中に投げ込んで思うままに涙を流す事を楽しむんです。

けれ共そう云う事を私はいけないと思います。

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