印象
本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
女優劇を観劇した筆者が、公演全体の舞台演出や俳優の演技について感じた印象を綴る。演目における脚本の構成や演出の甘さを指摘し、人間の心理的葛藤や舞台上の人物同士の心の繋がりが十分に描かれていない点に疑問を投げかける。役者には単なる技芸だけでなく、深い洞察や教養を備えた人間としての成長を求め、現在の女優劇が抱える表面的な演出や浅薄な表現から脱却し、より真実味のある創造的な舞台を築くことを強く期待する。
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久し振りで女優劇を観る。
番組に一通り目を通しただけでも、いつもながら目先の変化に苦心してある様子が窺われる。一番目「恋の信玄」から始って、チェーホフの喜劇「犬」に至る迄、背景として取入れられている外国の名を列挙したばかりでも、相当なヴァラエティーは予期されよう。併し、全体として、見物は、その大がかりな規模にふさわしい深い感銘を、観覧後まで心に与えられたであろうか。
自分としてはかなり物足りなかった。勿論、退屈な時、手当り次第に雑誌でも繙くように其場かぎりな、相手にも自分にも責任をもたない気分で目だけ楽しませようと云うのならば何も云うべきことはない。けれども、現在は兎に角、将来の長い時間の為に、女優劇は、今のような、一段、気を許した雰囲気にあることは慶ぶべきことではないと思う。真個に気を入れて見て、其でうんと云わせる舞台が、女優独特の実力で創造されて欲しいのである。
自分が終りまで遂にたんのう出来なかった原因の一つは、脚本そのものが余り光彩陸離たるものでなかったことと、二つには、演出する俳優の心の態度が、ぴったりと自分の胸に響いて来なかったことである。
一番目「恋の信玄」などは、早苗姫が自殺してからの信玄の心理的経路が鮮明に描かれていなかったらしい為に、肝心の幕切れで、信玄と云う人格、早苗姫の死が、一向栄えないものになったように見える。
作者は、所々で、信玄を、英雄的概念から脱した人間らしい一性格として扱おうとしているらしい暗示を感じさせる。同じ早苗姫を我ものとする為には親子の離反を厭わず、家国の安危を度外視するにしても、従来のように其動機を只外面からのみ照して、信玄とも云われようものが、何、仕て出来ないことがあろうかと云う名に動かされた行為とはせず、彼時代の圏境の裡に武将として育った一人の人間が、一旦思い込んだら、是が非でも其を通さずには止まない性格的悲劇を捕えようとしたらしい節々が、傅役虎昌の科白のうちにも仄めかされているのである。