霜柱
本文約780字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
冬の日の静かな庭の様子を綴る。黄色い日差しが注ぐ中、霜柱が崩れる音が響き、霜枯れた菊や細くなった萩などが冬の訪れを伝える。木々の隙間には白い鶏が美しく映え、温室の曇りガラス越しには熟したきんかんの実がぼんやりと見える。作者は荒涼とした冬の景色を眺めながら、かつて祖母と浅草へ出かけた際に買ってもらったきんかんの思い出を重ね合わせ、季節の移ろいの中に漂う静謐な情感を描き出す。
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冬の日の静けさは何となく一種異った感じを人に与える。
黄色な日差しがわびしげに四辺にただようて、骨ばかりになった、木の影は、黒い線の様になって羽目にうつって居る。
風もない。木の葉が「かさ」とも「こそ」とも云わない中に、私の下駄の下にくずれて行く霜柱の音ばかりがさむげに響いて居る。
どんよりとした空に、白い昼の月が懸って灰色の雲の一重奥には、白い粉雪が一様にたまって居るのじゃああるまいかと思われる様な様子をして居る。
今年の秋は、いつになく菊をあつめたので、その霜枯れてみっともない姿が垣根にそうてズラリとならんで居る。
茶色の根の囲りに土の中から、浅いみどりの芽がチョンビリのぞいて居るのが、いかにもたのもしく又いじらしく見える。
木が多いので、春から夏にかけての庭は、おっとりして森の一部を切り開いて住んで居る様でいいけれ共、それだけ冬が来ると淋しい庭になる。
萩などは、老人の髪の様に細く茶っぽくちぢんで、こんぐらかって、くちゃくちゃになって居るし、葉をあらいざらいはらい落して間のぬけた大きな体をのそっとたって居る青桐の下の笹まで、黄色い毛糸のかたまりを、ころがした様になって居る。
何となし、すきまだらけの景色の中に、運動場つきの小屋の中で菜をたべて居るレグホンの真白い体と、火の様な「とさか」が抜け出して美くしい。
鳥をねらって来る野良猫が、足をどろだらけにして、尾をすぼめてノソノソといやな眼をして通って行く。
あんまり、貧乏くさい様子で、追う気もしない。
ころびそうな足元で庭を一順廻ると、温室のくもりガラスを透して、きんかんの黄色な実が、ぼんやりと花の様に見えて居る。
青くて買って来た実も、知らないうちに熟したものと見える。
七つ八つの頃、きんかんが何よりすきで、祖母と浅草に行くときには、きっと糸で編んだ袋に入ったきんかんを買ってもらった事を思い出す。
完