「青白き夢」序
本文約4,400字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
十九歳で足を切断し松葉杖をつくおしづは、文学で身を立てようと著者の許を訪れる。病に苦しむ自身の鋭い視点から人間生活を描き出し、女流作家としての地位を確立する。その後、大島での療養中に画家の青年と出会い、周囲の反対を押し切って結婚する。文学だけでなく家庭生活や絵画にも情熱を注いだ彼女は、経済的な困窮の中でも精神的な充足を求め、子をもうけた後に二十四歳でこの世を去る。本書は、その短い一生と創作活動の軌跡を回想する。
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おしづさんが安倍能成君の紹介で、阿母さんに連れられて私の許へ來たのは、今から恰度六年前の春の末だつたらうと記憶してゐます。何でも其當座は毎日のやうに遣つて來ました。それは長い間の病院生活の後で、たとへ松葉杖をついてなりとも人中へ出られると云ふ物珍らしさと、一つは文學で身を立てようと思ふうら若い女の一心からであつたのでせう。朝の間に來て、一日私の宅で遊んで居て、晩に歸る。別に私の宅でも構ひはしない。夕食後の散歩がてら番町の自宅まで送つて行つて上げたこともありました。靖國神社の裏のベンチの上で休んで居ると散り際の櫻の枝頭に殘つて居るのが眼に留まりました。私は松葉杖を傍に置いて、がつくりとベンチの上に凭れかゝつたおしづさんの姿と、其色の褪せた櫻とが妙に一緒に成つて、私の記憶に殘つてゐます。だからおしづさんが私の宅へ來たのは春の末でした。そして、年は十九の春の末でした。
前の年の春札幌の女學校を卒業すると同時に、結核性の關節炎に罹つて、療養のために上京して、其年の冬いよ/\右の足を切斷した。で、病院を出た時はもう松葉杖の助けを借らなければ一歩も外出の叶はない身に成つて居たのである。健康體に復したと云ふものゝ、普通の健康體ではない。阿母さんの云はれるには、これもこんな身體に成つて、もう女として人並に家庭生活を營むことも出來ない。これからは文學に專念して、浮世の事は忘れて暮すやうにして遣りたいと――其時、おしづさんも阿母さんの考へて居られるやうに考へて居たか何うかは知らない。併し私までがおしづさんを一生獨身主義を通す女として、常處女であるべく生れた女として受け取つたのは、全く愚であつた。愚であるばかりでなく、丸切り思ひ遣りと云ふものゝない、自分の趣味からばかり相手を眺めて――さうです、それは確かに私の趣味でした、同情でありませんでした――人の心に這入つて行くことの出來ない殘忍なエゴイズムでした。若し強ひて辯解すれば、私自身も若かつたのでした。