TRENDIA CLASSIC

押入れ随筆

吉川英治

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持ちもの嫌い

ひとにはバカげていても、自分にはゆるせない潔癖がたれにもある。子供をみているとおもしろい。枕の好み一つでも、柔いのやら堅いのやらだ。食膳でも、潔癖なのと、ズボラなのが、始終問題をかもしている。ところが、そのズボラ屋も時によって『たれか、ぼくの机をいじッたな』などと、似気ない潔癖をしめすことが往々ある。これは親の遺伝でもなし、単なる虫の居どころでもないらしい。

下町語では、そういう癖を癇性と、よぶ。私にも、それがあるようだ。いろいろあるが、外出のときは、たばこ以外、持つ物一切が嫌いである。手帖はもちろん、ハンケチさえも持ちたくない。

腕時計などは、しつけないので、たまたま必要にかられて、して出ても、つい、自分のを見ずに、隣席の人へ『いま、何時』と訊いたりする。そして、あとでは独り恐縮するのが常である。だから、外国風にならって、良人がトランクや買物の荷をかかえ、夫人は手ぶらで歩かせるというような美風も、私にはとても真似できない。もっとも、これは潔癖などという範囲のものではなく、横着の部類にぞくすであろう。私たちの古い亭主族をこうシツケてきた社会の過去罪といっておけばいちばん無難な言い方であるかもしれぬ。

暮しの初心

『おたくでは、シツケがいいとみえて、みなさんお行儀がいいですね』などと、どうかすると、客から、おほめにあずかることがある。ほめられて、ぎょっとするようなものだった。家のキャプテンとしての私は、家族たちへ、シツケなどという意識で、何ひとつ、小やかましいことを日常に強いている覚えはないからである。

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