恋文
本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
他人の恋文を巡る騒動やその処遇についての考察を綴る。恋文が発覚した際の波乱や、オペラ公演中に代用として用いられた手紙の顛末、さらに思い出の恋文を捨てられずに抱える人々の心情を紹介する。あわせて、かつての恋人が別の伴侶と訪ねてきた際のエピソードや、ベートーヴェンの逸話、中国の古典的な物語を引き合いに、男女の情愛や別離、そして人の機微を論じる。
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某日某所で、『ものは附』の遊びをやつた。『長いものは』といふのが題だつたのだが、『他人の恋文』といふ答へが出ると、判定で意見が分れた。他人の恋文と来れば誰だつて面白がつて読むことだから、これはちつとも長くないといふ説と、他人の恋文などとはくそ面白くもない。だからハガキ一枚にしろ長いぢやないかといふ説とだつた。どつちも本当なので、中々結着がつかず、『長いものは他人の恋文についての談議』といふことではどうかとなり、大笑ひをしたのを覚えてゐる。
が、それにしても、恋文といふものは他人に見せるものか? 常識としてはまあ見せぬ筈のものだらう。だがそれがとかく見つかり易い。見つかると騒動になる。現在ならば何事も「しかしそんなこと自由ぢやないか」と一言取り澄ましてセリフをいへばそれきりだらうが、昔だとこれが「不義者みつけたア」といふ喚きになつて、その証拠の一通があつちに行きこつちに渡り、それだけで全通し何幕といふ大狂言が出来上つたりしたものである。それほどの筋にならずとも、胸元を抑へられて、小突き廻はされるぐらいの小波瀾は、到底まぬがれ得ないところで、かうなると大の男である亭主も、小の女である女房の前に頭が上がらない。昔の封建日本は男性横暴だつたといふが、必ずしもさうでなかつたことは、維新のころの駐日英国公使だつたオルコック氏の『大君の都』といふ書物をみるとわかる。それにはこの亭主平謝まりの図が細密に描かれて「恋文発覚の図(ラヴレタア・ディスカヴァド)」と説明されてゐる。