もののいえないもの
本文約4,400字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
敏ちゃんは、家族の助言に従い大切にしていたきりぎりすを草やぶへ逃がすが、後にそこが危険な場所だと知り後悔の念に駆られる。その後、友人との遊びの中で黒ねこに悪戯をした際、ねこが何も言い返せない様子を目の当たりにし、きりぎりすの一件と重ねて、言葉を持たないものたちが抱える不遇な境遇に対し、思いを巡らせる少年の内面的な動揺と、その優しさを描く。
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敏ちゃんは、なんだかしんぱいそうな顔つきをして、だまっています。
「どうしたの?」と、姉さんがきいてもだまっています。
「おかしいわ。いつも元気なのに、けんかをしてきたんでしょう。」
「ばか。だれがけんかなんかするものか。」
「じゃ、どうしたの?」
「なんでもないのだよ。」
敏ちゃんは、あちらへいってしまいました。そしてまた、考えていたのです。それには原因があったのです。わけといって、ただお友だちの徳ちゃんが、今日川へ釣りにいって見てきたことを話しただけですが。
「今日、僕、釣りにいったら、一匹の大きなへびがいなごをのんでいるのを見たんだよ。へびって、にくらしいやつだね。だから、石をなげてやった。」
「そうしたら、どうしたい?」
「どこかへはいって、見えなくなってしまったよ。」
話というのは、ただこれだけです。けれど、敏ちゃんにはその話がなんでもなくなかったのは、つい二日まえのことでした。長いあいだかわいがっていたきりぎりすを、その田んぼの方へ逃がしてやったからです。なぜ、そんなにかわいがっていたきりぎりすを逃がしたかというのに。
ちょうど兄の太郎さんが、お庭で草をとっていましたが、家へあがってくると、
「くもという虫は、りこうなものですね。平生は、おくびょうですぐ逃げるくせに、子供を持っているとなかなか逃げないで巣の中にじっとして、子供をまもっていますよ。かわいそうだから、その草をぬかずにおきました。」と、話しました。
「きっと、くものお母さんでしょう。くもにも母性愛というものがあるのでしょうね。」と、お母さんがおっしゃいました。
そのとき、敏ちゃんは、のき下にかかっているかごの中の、きりぎりすを見あげていましたが、
「きりぎりすにもお母さんはあるの?」と、ききました。
「それは、あるわよ。敏ちゃん、逃がしておやりよ。」と、姉さんがいいました。
「かわいそうだから、僕、いやだ。」
「かわいそうだから、逃がしてやるのよ。」
「雨がふったり、風が吹いたりするじゃないか。」
「それはしかたがないわ、やぶの中に住んでいるのだもの。それよりか、こんなせまいかごの中に入れておくほうが、よっぽどかわいそうだわ。」