ラジオ雑感
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あらすじ(AIが作成しました)
受信機の故障を機に、自身のラジオとの関わりや聴取体験を綴る随筆。放送開始当初は興味がなかったが、郊外で耳にした音楽を機に設置した経緯や、講演よりも音楽を好む聴取傾向、演芸放送に対する違和感などを記す。また、利用が軽便であるがゆえに生じる聴取の集中力の欠如を指摘し、修繕にまつわるラジオ商との齟齬や、科学者としての自身の関わり方についても考察を巡らせる。
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宅のラジオ受信機は去年の七月からかれこれ半年ほどの間絶対沈黙の状態に陥ったままで、茶の間の茶箪笥の上に乗っかったきりになっていた。夕飯時に近所の家から「子供の時間」の唱歌などが聞こえて来ても、宅の機械は固く沈黙を守って冷やかにわれわれの食卓を見下ろしているだけであった。それがやっとこの頃になって久し振りのその沈黙を破って再び元気よくわれわれに話しかけることになった。
事の顛末を記録するためには先ずわが家のラジオの歴史を略記する必要がある。
東京で一般的放送が開始されて後も、しばらくの間は全く他所事のように何の興味も感じなかったので、自宅へ受信機を備えるどころか、他所のでちょっと聞いてみようという気も起らなかった。もっとも、それよりもよほど前に、どこかの実験室でのデモンストラチオンを一度経験していたから、「初物」に対する好奇心だけは既に満足されていたのである。なにしろ明治四十四年まで電燈を引かないで石油ランプを点していたほど不精な自分なのである。
ある日偶然上野の精養軒の待合室で初めてJOAKの放送を聞いたが、その拡声器の発する音は実に恐るべき辟易すべきものであった。そのためになおさら自分のラジオに対する興味は減殺されたようであった。ところが、ある夏の日に友人と二人で郊外の某旗亭へ行ってそこで半日寝ころがって蜩の声を聞きながら俳諧三昧をやった。日が暮れて帰ろうとしていたら階下で音楽が始まった。ラジオの放送音楽である。聞いてみるとそれはハイドンのトリオであった。こんな閑寂な武蔵野の片隅で、こういうものを聞くということが何となく面白かった。蜩の声を聞きながら俳諧に遊んだあとでは、なおさらそうであった。とにかく、この夏の夜の武蔵野で聞いたトリオ以来、ラジオに対する恐怖に似た心持だけは消えてしまったようである。それで宅で受信機設置の議が起った時は別に反対しなかった。