世界怪談名作集
本文約27,400字 ・ 読了時間 約55分
あらすじ(AIが作成しました)
近衛騎兵たちの骨牌の会で、工兵士官ヘルマンは、伯爵夫人がかつてサン・ジェルマン伯から授かったという必勝の秘策の噂を耳にする。巨額の富を得ることに執着するヘルマンは、その秘策を突き止めるべく、老いた伯爵夫人の邸宅に夜陰に乗じて侵入する。その後、賭博場で三枚の札を使い莫大な金を勝ち続けるが、最後の一戦で手にしたはずの札が突然スペードの女王へと変貌する奇妙な出来事に遭遇し、その後の運命が大きく狂い始める。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
近衛騎兵のナルモヴの部屋で骨牌の会があった。長い冬の夜はいつか過ぎて、一同が夜食の食卓に着いた時はもう朝の五時であった。勝負に勝った組はうまそうに食べ、負けた連中は気がなさそうに喰い荒らされた皿を見つめていた。しかし、シャンパン酒が出ると、とにかくだんだんに活気づいて来て、勝った者も負けた者もみんなしゃべり出した。
「で、君はどうだったのだい、スーリン」と、主人公のナルモヴが訊いた。
「やあ、相変わらず取られたのさ。僕はどうも運が悪いと諦めているよ。なにしろやっていることがミランドール(一種の骨牌戯)だし、いつも冷静にしているから、手違いのしようがないのだが、それでいて、しじゅう負けているのだからね」
「だって君は、一度も赤札に賭けようとしなかったじゃないか。僕は君の強情にはおどろいてしまったよ」
「しかし君はヘルマンをどう思う」と、客の一人が若い工兵士官を指さしながら言った。「この先生は生まれてから、かつて一枚の骨牌札も手にしたこともなければ、一度も賭けをしたこともないのに、朝の五時までこうしてここに腰をかけて、われわれの勝負を眺めているのだからな」
「人の勝負を見ているのが僕には大いに愉快なのだ」と、ヘルマンは言った。「だが、僕は自分の生活に不必要な金を犠牲にすることが出来るような身分ではないからな」
「ヘルマンはドイツ人である。それだから彼は経済家である。……それでちゃんと分かっているじゃあないか」と、トムスキイが批評をくだした。「しかし、ここに僕の不可解な人物が一人ある。僕の祖母アンナ・フェドトヴナ伯爵夫人だがね」
「どうしてだ」と、他の客たちがたずねた。
「どうして僕の祖母がプント(賭け骨牌の一種)をしないかが僕には分からないのだ」と、トムスキイは言いつづけた。
「どうしてといって……。八十にもなったお婆さんがプントをしないのを、何も不思議がることはないじゃないか」と、ナルモヴが言った。
「君はなぜ不可解だか、その理由を知るまい」
「むろん、知らないね」