別れの辞
本文約18,200字 ・ 読了時間 約37分
あらすじ(AIが作成しました)
生活の軌道を外れ、異変の予兆を見せる島村が、ある晩酒場「笹本」に姿を現す。そこには以前から清子を巡る歪な関係で周囲を当惑させていた宮崎をはじめとする飲み仲間が集まっていた。静葉と共に現れ、場に挑戦的な態度と緊張を残して去った島村に対し、その後の酒宴は打ち砕かれ、宮崎は泥酔して昏睡に陥る。日常に潜む不安と、彼らの複雑な人間模様を描く物語。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
あの頃島村の心は荒れていた、と今になっても多くの人はいうけれど、私はそれを信じない。心の荒れた男が、極度の侮蔑の色を眼に浮かべるということは、あり得べからざることだ。冴えた精神からでなければ、ああいう閃めきは迸り出ない。
尤も、島村については、いろいろ芳しからぬ噂が私達の間に伝わっていた。私自身も、彼について漠然とした危懼を感じていた。当時私はいろんな用件で――それも彼のための用件で――急に彼に逢わなければならないようなことが度々起ったので、彼の行動範囲が大体分ったのであるが、たしかに、彼にはどこか調子が狂ってるようなところがあった。元来、飲酒家というものは、時とすると幾日も家に籠って外出しないことがあるし、時とすると毎晩のように出歩いて酒を飲み廻ることがあるのだが、後者の場合にも、その行く先々……足跡が、大凡きまっているものである。放し飼いにされている犬でさえ、うろつき廻る道筋は大抵きまっている。ところがあの頃[#「あの頃」は底本では「あの顔」]、島村の飲み歩く筋道が目立って変ってきて、思いも寄らないところに腰を落付けていたり、また全然行先が分らなかったりすることがあった。馴染の家には不義理が重ってるという殊勝な遠慮は多少あったかも知れないが、然し酒飲みの足取りというものは、そんなことにさほど気兼ねするものではないし、島村はまだそれほど窮迫してもいなかった筈だ。つまり、島村は従来の軌道からそれて、私達の間から姿を消すことがあって、それは酔っ払いの性癖に反するものであり、彼の生活に何か異変があることを暗示するものであった。だから、あの晩の奇怪な行為も突発的なものではない、と私は思うのである。
その晩、私達は「笹本」で飲んでいた。これは、一寸した小料理屋で、表よりに、長卓に腰掛の並んでる土間があり、奥に、畳じきの小さな室が二つあって、料理も酒も相当によく、芸者づれの客なども時折ある家だった。私達は古くからの馴染みで、一人でぶらりと出かけていっても、大抵仲間の誰かに出逢った。その晩も、長尾と大西と宮崎と私と、四人が落合った。