猫
本文約2,700字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
「猫は飼主よりも家に執着する唯物主義者だ」という世俗の説に対し、自身の飼い猫の様子を観察しながら考察する。ある時、新しく迎えた仔猫を拒絶していた老猫が、自身の仔猫を亡くした直後にその仔猫を献身的に育て始める姿を目撃する。対象を問わず発揮されるその母性愛に唯物主義的な側面を見出し、猫という存在の深淵と、独自の愛情のあり方を綴る随筆。
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猫は唯物主義だと云われている。
その説によれば、猫は飼主に属するよりも、より多く飼家に属するそうである。飼主の人間どもが転居する時、猫はそれに従って新居に落付くことなく、旧家に戻りたがる。それが空家になっていようと、或は新らしい人間どもが住んでいようと、そんなことには頓着なく、旧家に住み続けたがる。だから、三日飼われてその恩を三年忘れない犬と反対に、猫は三年飼われてその恩を三日にして忘れる。云いかえれば、三年飼われてその家を三日にして忘れる犬と反対に、猫は三日飼われてその家を三年忘れないとか。
十年ほど以前のこと、私の家に、一匹の若い猫がはいりこんできた。追っても逃げない。外へ出してもまたはいって来る。見知らぬ私たちに、喉を鳴らしながら甘ったれる。平気で物を食い、泰然と居眠る。図々しい呑気な闖入者だ。私たちはその家にもう五六年住んでいたし、猫は生後一年とはたたない若さだったので、猫が、私たちには勿論、家にも馴染がなかったのは明かである。それでも当然自分の家だというように腰を落付けている。その様子、私たちよりも、粗末な家だが、家が気に入ったものらしい。
頭と背が赤茶地に黒線の虎斑の、頸から腹や足先にかけて白い、尾の短い、普通の牝猫だったが、私たちはそのまま飼い続けた。
二年ばかり後、私たちは他の家に移転した。四五町しか距っていない家だったので、猫が旧家に逃げ戻りはしないかと、飼えば愛情が出て、少々心配した。だが何のこともなかった。目隠しもせず、ただ抱いて来ただけで、繋ぎとめる必要もなく、私たちと一緒に、当然だという顔付で、新らしい家に落付いてしまった。家によりもより多く飼主に馴染んでいるのだ。
其後この猫、年に一二回妊娠をするし、分娩の時の世話やら、生れた仔猫の貰われ口など、随分心配をかけるが、それだけにまた家庭生活の中に根を下して、すっかり家族の一員となってしまった。