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TORENDIA

少年文学私見

本文約3,900字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

現代の少年は現実を直視する鋭い視力と社会的な重圧を抱えている。そのため少年文学は、現実的でありながら同時に生きる喜びを提示し、少年を直接的に救うものでなければならない。しかし現状の作品は大人の立場から書かれた教訓的で人為的なものに留まり、少年の心に寄り添うものとは言い難い。著者は大人の価値観の押しつけを排し、少年の視点に立って執筆することこそが、彼らの魂を窒息させず真の感銘を与える道であると論じる。

豊島与志雄

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現今の少年は、非常に明るい眼をもっている、空想は空想として働かしながらも、事実のあるがままの姿を、大袈裟に云えば現実を、じっと眺めそして見て取るだけの視力をもっている。これは、実証主義的精神の、また唯物論的精神の、遺産を得ているからであろうか。更になお、科学的教育を受けているからでもあろうか。とにかく彼等の眼は、架空なものを許容することが非常に少なくなっている。

少年のための文学は、だから、可なり現実的なものでなければなるまい。既に童話に於ても、現在では、妖精や精霊などは死んでしまった。王子や王女なども放逐された。動物たちも殆んど口を利かなくなった。そしてただ子供たちの日常生活のさまざまな様相が、いろいろな香気を立ててるだけのことが多い。童話でさえそうであるからして、まして文学は、人形芝居であることをもう止めなければなるまい。人形芝居というのは、人工的に架空的に拵えられた人物が活躍するの謂である。そういうものでは、少年等の明るい眼を持ちこたえることが出来ないだろう。――これは第一の条件。

次に、現今の少年は、或る精神的な重荷を負っている、というのは私の勝手な解釈であろうか。まず第一に、小学校及び中学校に於ける勉学の負担が非常に重くなっている。或は上級学校への入学準備のために、或は子供の成績についての父兄の見栄のために、或は科目の増加のために、勉学が彼等の重荷となっていることは茲に云うまでもあるまい。次に、そして之が最も重大なことであるが、社会的雰囲気の重みが、少年等の肩にのしかかっている。一言にして云えば、社会組織の問題、経済機構の問題、民族並に国家の問題、平和と戦争の問題、其他の問題が紛糾錯雑して、空中に重々しい暗雲をたれ、考える者と考えざる者とを問わず一般に、或る重圧を加えてることは事実である。敏感な少年等がその重圧を感じない筈はない。斯くして、意識的にせよ或は無意識的にせよ、重荷の下に彼等の額は曇っている。少年というものについて吾々が想像するような朗らかさと溌剌さとの輝きを、その額に見出せるような少年が、果してどれだけいるか。

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