TRENDIA CLASSIC

子良の昇天

宮原晃一郎

1 / 4

むかし三保松原に伯良といふ漁夫がゐました。松原によく天人が遊びに降りてくるのを見て、或日その一人の天の羽衣を脱いであつたのをそつと隠しました。天人は天に上る飛行機の用をする羽衣をとられて、仕方なく、地上に止まつて伯良のおかみさんになりました。此天人が生んだ子は男で子良といふ名でした。

天人は天に住まうものですから、此地上にゐては外国に来てゐるやうなものでさつぱり面白くありません。間がな隙がな外に出ては空を眺めて、嘆いてをります。

「あゝ羽衣があつたら、あの雲の上、あの青い/\空の奥の御殿へ行かれるものを、伯良さんは何処に隠したか知ら。」

伯良の留守を見ては、天人はこつそりと家のうちを捜してみますけれど、羽衣はないのでした。

「あゝ仕方がない。もう死ぬまで漁夫の女房で暮らしていくことか。」

天人は深い/\嘆息を吐いてをります。

ところが或日のこと、自分の生んだ子の子良が来て、おつ母さんは何ぜいつもそんな不機嫌な顔をしてゐるのですか、と訊きますから、実は私はお隣りの助さんや、八さんのおかみさんとはちがつた天人であるから、故郷の天へ帰りたくてたまらないのでと言つてきかせました。

「さうかい。ぢやお母さんの故郷の天はどんなところかい。海もあるかい、山もあるかい。そして木も生えてゐるかい。魚もとれるかい。」

子良は十になつてゐましたから、もういろんなことが分るうへ、何でも珍らしいことを見たがり聞きたがりするのでした。

「そんなに一時にきいたつてお話は出来ませんよ。妾の故郷の天は一口に言へば、あのそれ、時時空に見えるでせう。美しいお城が、あれよ、あの蜃気楼といふものとよく似てゐるの。」

「ウン、それぢや、僕も行つてみたいな。おつ母さん、僕をつれて行かない、天へ遊びに。」

天人は悲しさうに頭をふりました。そして天の羽衣といふものが無ければいかれない。その羽衣は、伯良がどこかに隠してゐて、どうしても渡して呉れないから、迚もその望みをかなへることは出来ないと、言ひました。

それから又三日ばかり経つて、天人が空を眺めてゐますと、子良がこつそりと来て、その袖を引いて、囁きました。

宮原晃一郎の他の作品