二十七歳
本文約18,600字 ・ 読了時間 約38分
あらすじ(AIが作成しました)
二十七歳の新進作家としての日々を過ごす著者が、同人雑誌を通じて出会った矢田津世子との恋を回想する。共に幼稚な情熱の中で過ごした時間や、沼津への旅での記憶、そして戦争中に届いた訃報と母の面影が語られる。自身の文学に対する虚無感や、落伍者としての自覚、そして相手への複雑な感情を交えつつ、若き日の狂気と心の転落の始まりを綴る。
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魂や情熱を嘲笑ふことは非常に容易なことなので、私はこの年代に就て回想するのに幾たび迷つたか知れない。私は今も嘲笑ふであらうか。私は讃美するかも知れぬ。いづれも虚偽でありながら、真実でもありうることが分るので、私はひどく馬鹿々々しい。
この戦争中に矢田津世子が死んだ。私は死亡通知の一枚のハガキを握つて、二三分間、一筋か二筋の涙といふものを、ながした。そのときはもう日本の負けることは明らかな時で、いづれ本土は戦場となり、私も死に、日本の男はあらまし死に、女だけが残つて、殺気立つた兵隊たちのオモチャになつて殺されたり可愛がられたりするのだらうと考へてゐたので、私は重荷を下したやうにホッとした気持があつた。
つまり私はそのときも尚、矢田津世子にはミレンがあつたが、矢田津世子も亦、さうであつたと思ふ。
私は大井広介にたのまれて、戦争中、「現代文学」といふ雑誌の同人になつた。そのとき野口冨士男が編輯に当つて、私たちには独断で矢田津世子に原稿をたのんだ。その雑誌を見て、私はひどく腹を立てた。まるで私が野口冨士男をそゝのかして矢田さんに原稿をたのませたやうに思はれるからであつた。果して井上友一郎がさうカン違ひをして、編輯者の権威いづこにありやと云つて大井広介にネヂこんできたさうであるが、井上がさう思ふのは無理もなく、それだけに、矢田津世子が、より以上に、さう思ひこむに相違ないので、私の怒りは、ひどかつたのだ。
けれども、そのとき、野口冨士男の話に、矢田さんが、原稿を郵送せずに、野口の家へとゞけに来たといふ、矢田さんは美人ですねといふ野口の話をきゝながら、私はいさゝか断腸の思ひでもあつた。
まだ私たちが初めて知りあひ、恋らしいものをして、一日会はずにゐると息絶えるやうな幼稚な情熱のなかで暮してゐた頃、私たちは子供ではない、と矢田津世子が吐きすてるやうに云つた。それは愛慾に就て子供ではないといふ意味ではなく、私たちは大島敬司といふ男にだまされて変な雑誌に関係してゐたので、大島に対する怒りの言葉であつたが、私は変にその言葉を忘れることができない。