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TORENDIA

私の探偵小説

本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

探偵小説を愛読する著者が、自身の小説観や推理小説に対する考え方を綴る。詰碁や詰将棋のように、読者の休息となる娯楽として文学を捉える著者は、純文学と探偵小説の間に垣根を設けるべきではないと説く。さらに、名作を求める同好の士に向けた贈り物として推理小説を執筆する際の苦心や、トリックというゲームを通じた読者との交流、そして今後自身が取り組む予定の作品に向けた構想や心構えについて明かす。

坂口安吾

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🎧 私の探偵小説 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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私は探偵小説が好きなのである。

私は仕事に疲れ、二三十分ごろりとねころんで休憩するとき、詰碁か詰将棋か探偵小説を読む。探偵小説の在り方はそれでいゝのだろうと思う。探偵小説を書いている人たちは自分が苦労して書いているから芸術品のように尊重されたいと考える。その気持もうなずけるが、そんな風に言う必要のないことだと私は思っているのである。

私の小説、いわゆる純文学などゝ称しているものでもそうだ。たとえば仕事に疲れた人がゴロリとねころんで、二三十分の休息によむ。詰碁や詰将棋と同じ休息用のオモチャとして読む。それでいゝではないか。色々な人々に、その人各々の様式で読まれたり受け入れられたり投げだされたりする。

純文学だから娯楽用に読んじゃいけないという規約があるわけのものではない。読む人の自由であり、そこでたとえば私が自分が好きだものだからオレも一つ探偵小説を書いてみようか、というように、休息用に純文学を読んで純文学の面白さや問題の在り方に会得するところのあった御仁がオレも一つ純文学を書いてみよう、そう思ってツレヅレに書きだす、そんな風にして純文学を書いてみようという人が現れても、私はそれもよろしいと考える。一つの極った型はない。人各々自分流に色々の方法様式があるもの、流儀だの流派、主義だのと、いたずらに窮屈な限定をつけるのは最もその道をあやまり易いものなのである。

私の探偵小説は、私の趣味で、私もずいぶん疲れたとき退屈なとき探偵小説のゴヤッカイになり、恩も深いが、又、探偵小説にも本当に終りまでたのしませてくれる名作がめったにない、自分に及ぶものなら、ひとつ自分で名作を書いて同好の士の退屈のひとゝきにたのしいオクリモノをしてみたい、そう考えているうち、暇々に自分で構想をねってみて、これなら同好の士に馬鹿馬鹿しいとかツマラナイとか思われないだけのオクリモノになるだろうと考えて「不連続殺人事件」を書きだしたのである。

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