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TORENDIA

続戦争と一人の女

本文約12,900字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

空襲下の街で、かつて女郎であった私は、徴用から逃れるため同棲した野村と退屈で不安定な日々を送る。身勝手な欲望を剥き出しにする老人たちと関わりつつ、爆撃の炎に命の躍動を感じる私は、戦時下の特異な極限状態に自らの生を見出す。やがて訪れた戦争の終結を夢のように回顧し、平和な日常の到来に深い虚無を抱えながら、なおも愛や遊びに飢えて生きる一人の女性の姿を鮮烈に描く。

坂口安吾

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カマキリ親爺は私のことを奥さんと呼んだり姐さんと呼んだりした。デブ親爺は奥さんと呼んだ。だからデブが好きであつた。カマキリが姐さんと私をよぶとき私は気がつかないふうに平気な顔をしてゐたが、今にひどい目にあはしてやると覚悟をきめてゐたのである。

カマキリもデブも六十ぐらゐであつた。カマキリは町工場の親爺でデブは井戸屋であつた。私達はサイレンの合間々々に集つてバクチをしてゐた。野村とデブが大概勝つて、私とカマキリが大概負けた。カマキリは負けて亢奮してくると、私を姐さんとよんで、厭らしい目付をした。時々よだれが垂れさうな露骨な顔付をした。カマキリは極度に吝嗇であつた。負けた金を払ふとき札をとりだして一枚一枚皺をのばして手放しかねてゐるのであつた。唾をつけて汚いぢやないの、はやくお出しなさい、と言ふと泣きさうなクシャ/\な顔をする。

私は時々自転車に乗つてデブとカマキリを誘ひに行つた。私達は日本が負けると信じてゐたが、カマキリは特別ひどかつた。日本の負けを喜んでゐる様子であつた。男の八割と女の二割、日本人の半分が死に、残つた男の二割、赤ん坊とヨボ/\の親爺の中に自分を数へてゐた。そして何百人だか何千人だかの妾の中に私のことを考へて可愛がつてやらうぐらゐの魂胆なのである。

かういふ老人共の空襲下の恐怖ぶりはひどかつた。生命の露骨な執着に溢れてゐる。そのくせ他人の破壊に対する好奇心は若者よりも旺盛で、千葉でも八王子でも平塚でもやられたときに見物に行き、被害が少いとガッカリして帰つてきた。彼等は女の半焼の死体などは人が見てゐても手をふれかねないほど屈みこんで叮嚀に見てゐた。

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