恋をしに行く(「女体」につゞく)
本文約17,600字 ・ 読了時間 約36分
あらすじ(AIが作成しました)
肉体のない魂だけの恋を渇望する谷村は、周囲から妖婦や先天的な犯罪者と評される信子に愛の告白を決意する。谷村は信子を少女のように扱いつつも、彼女に纏わる数々の噂と冷酷な人物像に直面し、自身の幻想と現実の間で葛藤する。やがて二人は互いの肉体をさらけ出す関係に至るが、谷村はなおも男女を繋ぐ「魂」の存在を問い続け、満たされない孤独と空虚を抱えながら、彼女という存在の深淵に触れようと試みる。
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谷村は駅前まで行つて引返してきた。前もつて藤子にだけ話しておかうと思つたのである。彼は藤子の意見がきゝたかつた。彼は自信がなかつたのだ。そして藤子の口から自信へのいと口をつかみだしたいといふのである。
谷村は信子に愛の告白に行く途中であつた。彼はかねて肉体のない恋がしたいと思つてゐた。たゞ魂だけの、そしてそのために燃え狂ひ、燃え絶ゆるやうな恋がしたいと考へてゐた。そして彼はさういふ時にいつも信子を念頭に思ひ浮べてゐたのであるが、見方をかへると、信子の存在が常に念頭にあるために、魂だけの、燃え狂ひ燃え絶ゆるやうな恋がしたいと思ひ馴らされてゐたのかも知れない。
けれども、信子とは如何なる人かといふことになると、日頃は分つてゐたのであるが、いざとなると自信がなかつた。
信子も岡本の弟子であつた。岡本は信子を悪党だと言ふ。先天的な妖婦で、嘘いつはりでかためた薄情冷酷もの、天性の犯罪者だと言ふのであつた。岡本と信子は恋仲だとも言はれ、ひところはずゐぶん親密さうにしてゐたものだ。そのころ信子は二十一二、岡本は四十六七で、信子は然しなるべく女友達を一緒に誘ひ、岡本と二人だけでは歩かぬやうにしてゐた。もつとも本当のあひゞきは人目をさけるものであるから、裏のことは分らない。
信子には何十人の情夫があるのか、見当もつかないといふ噂であつた。然し、信子の情夫と名乗つた男がゐるわけではない。ともかく、何十人かの男の友達がゐる。その男達の何人かゞ相当の金をつぎこんでゐることだけは明瞭で、信子の服装は毎日変り、いづれも高価なものである。月々一万ちかい暮しむきだと言はれてゐるが、信子の給料は百円に足らないのである。