ランス紀行
本文約5,800字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
大正八年、巴里に滞在中の筆者は、トウマス・クックが主催するフランス戦場団体見学ツアーに参加する。一路ランスを目指す列車は度々停車し、酷暑の中で難航する。現地に到着した筆者は、戦争により徹底的に破壊され、亡骸のように痛々しい無残な姿を晒す市街や、かつての激戦地である百八高地の惨状を目にする。荒野となった戦場跡には塹壕や鉄条網が残り、一面に咲き乱れる雛芥子の花と共に、戦争の記憶と悲惨さを今に伝えている。
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六月七日、午前六時頃にベッドを這い降りて寒暖計をみると八十度。きょうの暑さも思いやられたが、ぐずぐずしてはいられない。同宿のI君をよび起して、早々に顔を洗って、紅茶とパンとをのみ込んで、ブルヴァー・ド・クリシーの宿を飛び出したのは七時十五分前であった。
How to see the battlefields――抜目のないトウマス・クックの巴里支店では、この四月から斯ういう計画を立てて、仏蘭西戦場の団体見物を勧誘している。われわれもその団体に加入して、きょうこのフランス戦場見物に行こうと思い立ったのである。切符は昨日のうちに買ってあるので、今朝は真直にガル・ド・レストの停車場へ急いでゆく。宿からは左のみ遠くもないのであるが、巴里へ着いてまだ一週間を過ぎない我々には、停車場の方角がよく知れない。おまけに電車はストライキの最中で、一台も運転していない。その影響で、タキシーも容易に見付からない。地図で見当をつけながら、兎も角もガル・ド・レストへゆき着いたのは、七時十五分頃であった。七時二十分までに停車場へ集合するという約束であったが、クックの帽子をかぶった人間は一人もみえない。停車場は無暗に混雑している。おぼつかない仏蘭西語でクックの出張所をたずねたが、はっきりと教えてくれる人がない。そこらをまごまごしているうちに、七時三十分頃であろう、クックの帽子をかぶった大きい男をようよう見付け出して、あの汽車に乗るのだと教えて貰った。
混雑のなかをくぐりぬけて、自分達の乗るべき線路のプラットホームに立って、先ずほっとした時に、倫敦で知己になったO君とZ君とが写真機械携帯で足早に這入って来た。
『やあ、あなたもですか。』
『これは好い道連れが出来ました。』