登場人物
近松半二
竹本染太夫
鶴澤吉治
竹本座の手代 庄吉
祇園町の娘 お作
女中 おきよ
醫者
供の男
天明三年、二月下旬の午後。
京の山科、近松半二の家。さのみ廣からねど、風雅なる家の作りにて、上の方に床の間、それに近松門左衞門の畫像の一軸をかけてあり。つゞいて違ひ棚、上には古き雛人形をかざり、下には淨瑠璃本その他を乘せてあり。下のかたには出入りの襖あり。中央のよきところに半二の病床のある心にて、屏風を立てまはしてあり。上のかたは廻り縁にてあとへ下げて障子をしめたる小座敷あり。庭の上のかたは一面の竹藪。縁に近きところに木ぶりの好き櫻ありて、花は疎らに咲きかゝりゐる。下のかたには出入り口の低き枝折戸あり。枝折戸の外は、上の方より下の方へかけて小さき流れありて、一二枚の板をわたし、芽出し柳の立木あり。薄く水の音。鶯の聲きこゆ。
(下の方よりは板橋をわたりて、醫者が供の男を連れて出づ。)
供の男 (枝折戸の外にて呼ぶ)頼まう。 おきよ はい、はい。 (奧の襖をあけて、女中おきよ出で、すぐに庭に降りて枝折戸をあけ、醫者を見て會釋する。)
醫者 御病人はどうだな。 おきよ けふもやはり机に向つてゐられます。 醫者 けふも机に……。(顏をしかめる)扨て/\不養生なお人だ。兎もかくもお見舞申さう。(内に入る) おきよ (屏風の外にて)お醫者樣がおいでなされました。 (半二はだまつてゐる。)
おきよ もし、お醫者樣のお見舞でござります。 半二 (うるささうに)今はすこし忙がしいところだ。又お出で下さいと云つてくれ。 醫者 はゝ、相變らず我儘な病人だ。(おきよに)まあ、屏風をあけなさい。 (おきよは屏風をあけると、近松半二、五十九歳、寢床の上に坐りて机にむかひ、病中ながら淨瑠璃をかきつゞけてゐる。)
醫者 あいにくお天氣はすこし曇つたが、陽氣は大分春めいて來ましたな。 半二 (よんどころなく筆を措く)二月ももう末になりましたから一日増しに春めいて來るやうです。 (おきよは奧に入る。)