バクダッドの町に、ヒンドバッドという、貧乏な荷かつぎがいました。荷かつぎというのは、鉄道の赤帽のように、お金をもらって人の荷物を運ぶ人です。
ある暑い日のお昼から、ずいぶん重い荷物をかついで歩いていましたが、しずかな通りへさしかかった時、大そうりっぱな家が立っているのが、目に入りました。ヒンドバッドは、その門のそばで、少し休むことにしました。
その家は、とてもりっぱでした。ヒンドバッドは、まだこんなにりっぱな家を見たことがありませんでした。家のまわりの敷石の上には、香水がまいてありました。
ヒンドバッドの足は、つかれて、熱くなっていたものですから、その敷石は大へん気持がようございました。
そして、開いてあるまどからも、何ともいえぬいい香りが、におってきていました。
ヒンドバッドは、まあ、こんなりっぱな家には、いったい、どんな人が住んでいるのだろうかと思いました。
それで、玄関に立っている番人に、
「これはいったい、どなたの家ですか。」と、聞いてみました。
この番人は、ずいぶん上等の着物を着ていましたが、ヒンドバッドの言葉を聞いて、目をまるくしました。そして、
「まあ、お前さんは、バクダッドに住んでいながら、私のご主人さまの名を、知らないというのかい。船乗のシンドバッドさまといって、世界じゅうを船で乗りまわして、世界じゅうで一番たくさん、ぼうけんをした方じゃないか。」
と、言ったのでした。
ヒンドバッドも、今までたびたび、このふしぎな人の名前と、その人が大したお金持であるといううわさは、聞いていました。それで、ははあなるほどと思って、もう一度、その御殿のような家を見上げました。それからまた、上等の着物を着ている番人を、じろじろ見ていました。そのうち、だんだん悲しくなってきたし、また、ねたましくもなってきました。
「あああ。」ヒンドバッドは、そう、ため息をついて、荷をかつぎ上げました。そして、天をあおぎながら、ひとりごとを言ったのです。