本文へ移動
TORENDIA

芥川の印象

本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

芥川龍之介の容貌や読書習慣、執筆姿勢について、親交のあった筆者が当時の記憶を交えて綴る。鮮烈な赤い唇を持ち、常に本を携えて歩く学生時代の様子や、洗練された技巧を駆使する創作活動の分析が語られる。理知的で隙のない作風に感服しつつも、人生の深淵を経験するこれからの創作活動にさらなる期待を寄せ、その才能を高く評価する論考である。

菊池寛

速度
🎧 芥川の印象 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 2

今でこそ余程薄れたやうですが、昔は「芥川の脣」と云へば僕達の間では一寸評判のものでした。久米などはよく「芥川の脣」を噂した事がありました。芥川は御承知の通り色白の方であるのに、其の脣と云ふのが真紅で稍紫色を帯び非常に印象的なものでした、美女の脣のやうに妖艶で、美しいけれども少し凄艶な気のするものでした。昔の芥川を想ひ出す毎に必ず彼の脣を思ひ出します。此頃の「芥川の脣」はどんな色をして居るか、つい注意して見た事もありません。

脣の真紅であつた頃の芥川は極くおとなしい、何処かにツンと取済ました所のある優等生でした。そして丸善あたりから新しい文学書類を頻々と買込む事に於て僕達を羨ましがらせたものでした。

が、創作するやうな様子もなく、今程頭のよい男だとも思へませんでした。僕やKやMなどがワイ/\騒いだり欠席の競争をやつて居る間にも、芥川は真面目に学校へ出て先生達の信用も頗る厚い方でした。が、その頃の芥川は別段エライと思つて居ませんでした。芥川の真価を知るやうになつたのは一緒に雑誌をやり始めてからの事です。

芥川の癖と云へば、何んな時に逢つても必ず左の手に何かの本を持つて居る事です。アナトール・フランスの小説だとか、ダウデンの論文だとか支那の小説だとか、芥川の学問と正比例して随分多方面に亙つて居ます。芥川が外出には必ず本を携帯すると云ふ一例を挙げると、芥川がNの洋行を見送りに行つた時、携帯の漢詩集を静岡丸の船室へ置き忘れて来た事があります。横浜くんだり迄邪魔になる本を持つて行かなくてもよささうなものですが。それに芥川は持つて居る本を途中で読むかと云ふと、何うも読んで居るやうな様子も見えないのです。最初は気障で、見栄を張つて居るやうに見えて嫌でしたが、今ではそんな気は少しもしません。何うも見栄ばかりではあんなに根よく本を持ち廻る事は出来ますまい。芥川が一書を携帯するのは普通人がステッキを持ち廻るのと同じやうな心理状態らしいのです。それで習慣上の一の必要事となつてしまつたらしいのです。

菊池寛の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本