TRENDIA CLASSIC

手品師

久米正雄

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浅草公園で二三の興行物を経営してゐる株式会社『月世界』の事務所には、専務取締役の重役がいつもの通り午前十時十五分前に晴々しい顔をして出て来た。美しく霽れ上つた秋の朝で、窓から覗くと隣りのみかど座の前にはもう二十人近くの見物人が開館を待つてゐる。重役はずつとそれらを見渡して、満足さうに空を仰いだ。すぐ前にキネマ館が白い壁を聳ててゐるので、夜前の雨に拭はれ切つた空が、狭く細い一部分しか見えない。併し重役はそこから輝き落ちる青藍の光芒をぢつと見やつて眼をしばたゝいた。

「いゝ天気ですね。此分ぢや今日は嘸込むでせう。」傍の事務員が話しかけた。

「天気商売をしてゐると初めて太陽様の有難味がわかる。」重役は窓から身を引き乍らそれに答へた。そして其時自分にお辞儀をしかけた若い座附作者を眺めて、「君なぞはまだ解るまいが、浅草は天気模様によつてすぐ百二百は違ふんだからね。」

「何しろ今日の日曜は満員でせうな。」とその作者はまだ学生の癖のとれない抑揚で気軽に云つた。

「うむさう/\、君を褒めようと思つてゐた処だ。」と重役は若い人を奨励する時に誰でもするやうな表情で云つた。「今朝湯の中でうちの小屋の評判を聞いたよ。何でも君の今度の連鎖劇が大変受けてゐるらしい。」

「有難い仕合です。」作者は妙に苦笑し乍ら云つた。「これからも精々いゝ種を仕入れるとしませう。」

此の作者は今年大学を出た許りであつた。そして単に食ふことの必要上此処に入つて匿名で連鎖劇を書いてゐた。彼には一人で高級な創作をしてゆくだけの自信も無かつたし、それに加へて学校にゐる時分から既に職業といふ問題を考へなくちやならない境遇にあつた。食つてゆくためには仕方がない。彼はあらゆる芸術上の操守を棄てて「作者道」に入つた。

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