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TORENDIA

父の死

本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

八歳の辰夫は、千曲川の流れる信州上田で小学校長の父と暮らしている。ある日、腹痛を抱えて帰宅した辰夫は、同じく腹痛を訴える父と二人で静かな午後のひとときを過ごす。やがて町に火災が発生し、父は重要な書類と御真影を守ろうと炎の中へ飛び込み、そのまま帰らぬ人となる。父の葬儀に参列した辰夫は、周囲からの称賛や哀悼の言葉に囲まれ、偉大な父を喪った喪失感と不思議な高揚感の中で、自身の幼い心と向き合っていく。

久米正雄

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一

私の父は私が八歳の春に死んだ。しかも自殺して死んだ。

二

その年の春は、いつもの信州に似げない暖かい早春であつた。私共の住んでゐた上田の町裾を洗つてゐる千曲川の河原には、小石の間から河原蓬がする/\と芽を出し初めて、町の空を穏かな曲線で画つてゐる太郎山は、もう紫に煙りかけてゐた。晴れた日が幾日も続いて乾いた春であつた。雪解時にもかゝはらず清水は減つて、上田橋の袂にある水量測定器の白く塗られた杭には、からびた冬の芥がへばりついてゐた。ともすると浅間の煙りが曲つてなびき、光つた風が地平を払つて、此小さい街々にあるかない春の塵をあげた。再び云ふがそれは乾いた春であつた。

其一日、私はいつもと違つて早く遊びを切り上げて家へ帰つた。私にはどこへ行つても友達の二三はあつた。そして其友達たちの多くは定まつて年上の子であつた。それは一つには私がひどくませてゐて、まだ学校へ入らぬ前から読本なぞも自由に読め、且つ同年位の子の無智を軽蔑したがる癖があつたのと、一つには父が土地の小学の校長をしてゐた為めに、到る所で私は『校長の子』といふハンディキャップの下に、特別に仲間入りをさせて呉れる尊敬を彼等の間に贏ち得たからであつた。その校長の子は今日その遊び仲間を振り切つて帰つて来た。何となしに起る儚ない気鬱と、下腹に感ずる鈍い疼痛とがやむを得ずその決心に到らしめたのである。

「腹を下すと又叱られる。」

と私は帰り乍ら小さい心の中で思つた。そして、「家へ帰つて少しの間静かにしてゐれば癒るだらう。さうすれば誰にも知られず、又叱られもしまい。さうだ。黙つてゐよう。黙つてゐる間に癒つて了へば又厭な薬を飲まなくても済む。かうして早く帰れば腹の痛み位ゐ直ぐ癒るに定まつてゐる。戸外で底冷えのする夕方まで遊んでゐるのが、いつも病気の原因になるのだ。……」

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