TRENDIA CLASSIC

受驗生の手記

久米正雄

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汽笛ががらんとした構内に響き渡つた。私を乘せた列車は、まだ暗に包まれてゐる、午前三時の若松停車場を離れた。

「ぢや左樣なら。おまへも今年卒業なんだから、しつかり勉強しろよ。俺も今年こそはしつかりやるから。」

私は見送りに來てゐた窓外の弟に、感動に滿ちて云つた。襟に五年の記號のついた、中學の制服を着けて、この頃めつきり大人びた弟は、壓搾した元氣を底に湛へたやうな顏付で、むつつり默つて頭を下げた。恐らくは、弟も、この腑甲斐のない兄の再度の首途に、何を云つていゝか解らなかつたのであらう。考へて見れば自分は、既に弟に追ひつかれてゐるのだ。上京の時日は弟より三ヶ月先きの今だが、弟もやがて中學の制服を脱ぎすてると、この四月には上京する身なのだ。私はもう一度妙な感慨を以て、ぢつと立つてゐる弟の姿を見やつた。

私はもう一言何か弟に云ひたかつた。が汽車は既に、ゆつくりと、しかも凡ての物に係りなく、動き出してゐた。そして思はず涙の浮びかゝつた私の眼から、ぼんやり明け近い暈をかぶつた燈火と、蝙蝠のやうに驛員たちの立つてゐる歩廊が、見る/\中に後退つて行つた。

弟の小さくなつた姿が、もう歩き出してゐた。そして此方を見てゐないらしかつた。それでも私はもう一瞥の別れを投げかけようとしたが、その時暗い物影が、恐らくは積まれた材木ででもあるらしい物影が、私と歩廊との間を遮つた。而して再びその暗が豁けた時、汽車は既に故郷の殘影である燈火の群から遠く駛つてゐた。

私はやうやく窓から首を引込めた。そして何となく首途らしい感慨に打たれて、危ふく熱くなりかゝつた瞼を抑へながら、かうなる迄の自分の位置を默想し始めた。――

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