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TORENDIA

私の社交ダンス

本文約5,100字 ・ 読了時間 約11分

あらすじ(AIが作成しました)

音楽会からの帰路、著者一行は誘われて初めてダンス場を訪れる。最初は戸惑いを見せる著者だが、徐々にダンスの魅力に取り憑かれ、自身も練習を重ねるようになる。作中では、一部で批判される社交ダンスに対する世間の偏見や、性的情緒への疑念を自身の経験から否定し、健康的な愉悦や青春の再発見としての価値を語る。さらには、自身の理想とするダンスのあり方や大衆化への希望を綴る体験的随筆である。

久米正雄

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🎧 私の社交ダンス / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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確かジムバリストの演奏会が在つた日の事だつたと思ふ。午後四時頃、それが済んで、帝劇を出た時は、まだ白くぼやけたやうな日が、快い柔かな光で、お濠の松の上に懸つてゐた。

音楽の技巧的鑑賞には盲目だが、何となしに酔はされた感激から、急にまだ日の暮れぬ街路へ放たれた心持は、鳥渡持つて行きどころがない感じだつた。「さて、どうしようか。」と、僕たち二三人は行きどころに迷つてゐた。そして、此の興奮を抱いて、ムザ/\つまらない所へ行くのは、何だか惜しい気がするが、結局銀座でもぶら/\歩いて、時を消す外ないと思つてゐた。

と、後から、追ひ越して来た松山君が、

「どうです。そんなら僕らのダンス場へ行つてみませんか」と誘つて呉れた。

ジムバリストからダンスへ。何だか少しジムバリストの後味に対して済まないやうにも感じたが、生まれてまだ一度もダンス場なるものを見た事がないので、かう云ふ機会を外しては、又わざ/\其の為めに出かけでもしない限り、ダンス場なるものに近づけないと思つて、直ぐ従いて行く事にした。音楽会からダンス場へ。――それは又所謂かの「文化生活」とやらに誂へ向きな話だ。

「文化生活」と云ふものも、味つて置いて損はない。そんな一種皮肉な気持もあつて、例の微苦笑を湛へながら、兎も角も其の当時在つた江木の楼上へ行つて見た。

其処には其の頃研究座に出る女優さんが、二人来て居た。二人とも髪を短く切つて、洋服を着てゐたが、それが反感を持てぬ位ゐ、よく似合つてゐた。私は急に何だか異つた世界へ、誘ひ込まれた小胆さで、隅の方で小さくなつて見物してゐた。

やがて蓄音器をかけて、松山君と其の人たちが踊り始めた。其の踊りの第一印象は、「何だ、こんなものなら、俺にだつて直ぐ出来さうだ。」と云ふやうな心持だつた。音楽に合して、歩いてゐれやあそれでいゝんぢやないか。と、そんな風に造作もなく思つた。それが病みつきの本で、又間違ひの本だつた。――全く社交ダンス程、入り易くて、達し難きものはない。が入りいゝ事だけは確かだ。そして別にさううまくならなくても、自ら楽しみ得さへすれば、社交ダンスの目的は終るのだから、それだけでもいゝのだ。

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