怪しの者
本文約12,200字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
尾張の庄内川で乞食の権七が遭遇した職人風の男は、徳川宗春が禁制の大船建造を隠密に探らせる者であった。宗春は職人風の男を怪しみ家臣に命じて襲わせるが、男は川へ逃げ込み姿を消す。数日後、船大工の娘・お小夜がその男に恋をして駆け落ちを企てていることを知った権七は、隠密の正体を見破り、主君の命を受けて禁制の大船を焼き払うという大仕事を成し遂げるまでの顛末を語る。権七は、お小夜をたぶらかし大船の秘密を狙った男と対峙し、己の密偵としての使命を全うする。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
乞食の権七が物語った。
尾張の国春日井郡、庄内川の岸の、草の中に寝ていたのは、正徳三年六月十日の、午後のことでありました。いくらか靄を含んでいて、白っぽく見えてはおりましたが、でもよく晴れた夏の空を、自分の遊歩場ででもあるかのように、鳶が舞っておりましたっけ。
ふと人の気勢を感じたので、躰を蔽うている草の間から、わたしはそっちを眺めました。
二十八、九歳の職人風の男が、いつのまにやって来たものか、わたしのいるところから数間はなれた岸に、佇んでいるではありませんか。(はてな?)とわたしは思いながら、その男の視線を辿って行きました。岸に近い水面を睨んでいました。そこでわたしも水面を見ました。
(成程、これじゃア誰だって、眼をつけるだろうよ)
と、わたしは呟きましたっけ。この川(幅三十間といわれている庄内川)は、周囲にひろがってい、広漠とした耕地一帯をうるおす、灌漑用の川だったので、上流からは菜の葉や大根の葉や、藁屑などが流れて来ていましたが、どうでしょう、流れて来たそれらの葉や藁屑が、その男の立っている辺まで来ますと、緩く渦をまき、躊躇でもするように漂ったあげく、沈んでしまうではありませんか。(あれへ眼をつけるあの野郎こそ怪しい)
と、私といたしましては、職人風の男へかえって不審を打ったのでございます。
(只者じゃアない、うろんな奴だ)