紅毛傾城
本文約25,100字 ・ 読了時間 約51分
あらすじ(AIが作成しました)
ある夏、古書から千島ラショワ島をめぐる伝説と海賊蘇古根三人姉弟の記録を見つけた語り手が、その数奇な運命を小説として描き出す。伝説の黄金郷の所在を追う者たちが交錯する中、島では魯西亜の軍船が迫り、異様な緊張が漂う。美しきフローラをめぐる愛憎の果てに、島の主である兄弟の殺害と、紅琴という女性による真相の告白がなされる。神秘と混沌が混ざり合う白夜の島で、恋の情念と秘められた血の歴史が静かに溶け合っていく様子を描く。
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序 ベーリング黄金郷の所在を知ること
ならびに千島ラショワ島の海賊砦のこと
四月このかた、薬餌から離れられず、そうでなくてさえも、夏には人一倍弱いのであるが、この夏私は、暑気が募るにしたがって、折りふし奇怪な感覚に悩まされることが多くなった。
ちょうどそれは、私の心臓のなかで、脈打ちの律動が絶えず変化していくように、波打つ暑気の峰と谷とだ。はっきりと、しかも不気味にも知覚されるのであった。
しかし、そうした折りには、家人に命じて庭先に火を焚かせ、それに不用な雑書類などを投げ入れるのである。それは、影像の楯をつくって、ひたすら病苦から逃がれんがためであった。
そのようにして私は、真夏の白昼舌のような火炎を作り、揺らぎのぼる陽炎に打ち震える、夏菊の長い茎などを見やっては、とくりともなく、海の幻想に浸るのが常であった。
ところが、ある一日のこと、ふとその炎のなかで、のたうち回る、一匹の鯨を眼に止めたのである。
そこで私は、まったく慌てふためいて、手早くを蹴散らしながら、取りだした二冊の書物があった。ああ、すんでのことに私は、貴重な資料を焼き捨ててしまうところだった。
表紙のないその二冊には、ただピーボディ博物館という、検印が押してあるのみなので、軽率にも私は、取るに足らぬ目録のたぐいかと誤信して、そのまま書き屑のなかへ突っ込んでしまったらしいのである。
しかし、そうして事新しく、その二冊を手にしたとき、これこそ、泥沼に埋もれつつある石碑の一つだと思った。
それは以前、合衆国マサチュセッツ州サレムにあった、ピーボディ博物館の蔵書であって、著名な鯨画の収集家、アラン・フォーブス氏の寄贈になるものであった。
で、そのうちの一冊は、書名を『捕鯨行銅版画集、付記、捕鯨略史』という、一八六六年の版、ジェー・アール・ブラウンという人の著書である。
それには、ヨナと鯨の古版画をはじめとして、それらに入れ混じり、勝川春亭の「品川沖之鯨高輪より見る之図」や、歌川国芳の「七浦捕鯨之図」「宮本武蔵巨鯨退治之図」などが挿入されてあった。