地虫
本文約25,700字 ・ 読了時間 約52分
あらすじ(AIが作成しました)
東京の港口に位置する「洲蘆の出島」は、かつて仏蘭西大使館の鴨猟地だった荒涼とした孤島である。この地で、ある夜、激しい霧雨のなかを運航する渡船の巡査が水中に漂う凄惨な死体を発見する。時を同じくして、この島に潜伏する一味は、隠匿していた利得金の分配と再生を夢見ていた。しかし、復讐と欺瞞が渦巻く極悪人の隠された企みや人間模様が露わとなり、島は混沌とした狂言の舞台へと変貌していく。
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一、紅い水母
大都市は、海にむかって漏泄の道をひらいている。その大暗渠は、社会の穢粕と疲憊とを吸いこんでゆく。その汚水は、都市の秘密、腐敗、醜悪を湛えてまんまんと海に吐きだす。ところが、どんな都市でも、その切り口を跨いだあたりに奇異な街があるのだ。
そこは、劃然と区切られた群島のようなもので、どこにも橋の影を落さぬ、水というものがない。影は影に接し、水はくらく、しかも海にちかく干満の度がはげしい。ぐるりは、ギラつく油と工場の塀で、まさに色もなにもないまっ黒な堀水である。
そんなわけで、もしも端れの一つに橋がなかったとすれば、その一劃は、腐泥のなかで、孤島のように泛びあがってしまうのだ。
都市中の孤島――私は、当然読者諸君がるであろう不審の眼を予想して、次のその実在を掲げることにする。
諸君は、荒川放水路をくだって行った海沿いの一角に、以前から、「洲蘆の居留地」と呼ばれる、出島があるのを御存知であろう。そこは、杭が多く海流が狭められて、漕ぐにも繋ぐにもはなはだ危険な場所である。水は、はげしく奔騰して、石垣に逆巻き、わずか、西よりの一角以外には、船着場所もない。
それに、じめじめと暮れる西風の日には、塵埃焼却場の煙が、低く地を掃いて匂いの幕のように鎖してしまう。また、島の所々には小沼のような溜りがあって、そこには昔ながらの、蘆の群生が見られるのである。そのそよぎ、群れつどう川鵜の群が、この出島の色に音に荒涼さを語る風物なのであった。
そこで起る当然の疑問は、都心に近いこの港の口に、なぜ、こうも荒れ寂びれた出島があるかということである。
けれども、この「洲蘆の出島」は、もともと仏蘭西大使館の鴨猟地なのであった。現在も、以前の猟館には司厨長が住んでいて、他には、自転車の六日競争の小屋があるくらいである。