再び山へ
本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
軍隊への入隊を控え、山との永別を覚悟する著者が、戦地での生活や復員後の現実的な家庭環境を経て、山への情熱を断ち切ろうと葛藤する過程を綴る。しかし、夕暮れ時の積乱雲を契機に穂高への思慕が激しく甦り、一度は抑え込もうとした山への想いが、決して切り離すことのできない存在であることを認め、山を美しい夢として再び見つめ直すまでの心理的変遷を描く随筆である。
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間もなく軍隊に入る。戦争に行く、そして山とは永久にお別れになる――。こうした残り少ない山生活が、なおどれだけの情熱に値するか?
大東亜戦争の始まる頃から、この懐疑は不断にまつわりついて、山へ出かける時にも、山を歩く時にも私を離れなかった。自分の幸福、他の者の幸福――他の者の幸福に基づく自分の幸福……。
軍隊に入る時は、よもや二度と生きて山を歩けるとは思わなかった。それはまた一つの慰めでもあった。自分自身で決断し切れなかった問題を、境遇の変化が強制的に解決してくれることになったから。忙しい軍隊生活の中では、山を思い返す暇はなかった。ほんの断片的な山の印象、山の匂いとか、山の風とか、霜融けの温まりとか、そうしたものはしばしば強烈に甦ってくることもあったが、登攀を回顧させるほど特別なものではなかった。
そうして次第に山を忘れていった。否、忘れたと思っていた。二カ年の南方生活の問はとくにそうであった。
復員したのがこの七月、帰って見れば親父が死んでいつの間にか一家の長となっている。その跡片づけの煩雑さ、忙しさは目の廻るようだった。それでも菜園の手入れをしている時など、木蔭を渡る風のささやきに、ふと、山を想い出すこともあったが、現在の社会情勢からして、家の事情からしても、到底山へは行けるとも思えなかった。今度こそ真から山を諦め、忘れることができると信じていた。そしてそうするように、無意識的な努力をしていた。山の本など倉の奥へしまい込んで。