TRENDIA CLASSIC

春の遠山入り

松濤明

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松濤 明 単独 昭和十五年

三月二十三日 晴 伊那八幡―越久保―汗馬沢(泊)

二十四日 晴 汗馬沢―小川路峠越―下栗―小野(泊)

二十五日 晴 小野―易老渡―白薙窪―面平(ビバーク)

二十六日 風雪 面平―易老岳(ビバーク)

二十七日 晴 易老岳―光岳とのコル―引返し易老岳―仁田岳(ビバーク)

二十八日 晴 仁田岳―上河内岳―聖岳(ビバーク)

二十九日 晴 聖岳―兎岳―大沢岳―赤石岳―荒川小屋(ビバーク)

三十 日 晴 荒川小屋―悪沢岳―椹島(ビバーク)

三十一日 雨後晴 椹島―二軒小屋(泊)

四月 一 日 晴 二軒小屋―広河原―新倉(泊)

二 日 晴 新倉―甲府―帰京

遠山入り 三月二十三日 晴  知らぬ土地は頼りないものだ。飯田の町では様子を知らないために重荷を背負ったまま、さんざんうろつき廻った末、朝夕たった二回きりのバスを見事に乗り逃して、とうとう伊那八幡からはるばる歩く羽目になってしまった。砂埃りのたつ平凡な路を、春とはいえ、照りつける陽の下を、重荷に汗を流しながら歩く気持は良いものではない。靴が新しいせいか、妙に足が摺れるのがいらだたしく、軒昂たる意気もとみに失せて、歩くことが馬鹿馬鹿しくてならなかった。ただ山のかなたの目に見えぬもの、それだけに引きずられて遅々たる行進をつづけた。幸い入山の第一日にしてはコンディションが良いので、路がバス路から離れて里路に入る頃には、どうやら気分も和らいで、四囲の空気とも融和するようになった。総じて伊那の里は明るいが、その中でもこのあたりはとくに明るい。ただ白と緑とコバルトの三つの色で表現しつくされる。地の利のよいせいか、奥まったところにありながら開けており、片田舎の町外れとでもいった感じである。

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