三重宙返りの記
本文約2,000字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
体調不良のため文壇航空会での特殊飛行を辞退する予定であった著者が、西原少佐の熱心な勧めにより、急遽操縦席に座ることとなる。空高く舞い上がった機体で繰り広げられる激しい宙返りや急上昇、機上での身体的な苦痛、そして生じた奇妙な錯覚の数々を詳細に描く。飛行を終えた後に訪れる、心身の不調が吹き飛ぶような爽快感と、自身の病気をも克服したかのような不思議な体験をつづる実話的随筆。
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僕は、このところ二三ヶ月、からだの工合がよくない。それでこの日、文壇航空会にも、残念ながら特殊飛行は断念して、辞退を申出ておいたのであった。殊に、その前々日は終日家にいて床についていたし、その前日は、炬燵の中で終日、日米関係の本を読んでいた始末であった。だから当日は、ふらふらするからだを豊岡まで搬んだようなわけで、特殊飛行をする意志は毛頭なかったのであった。
「海野さん。さあ、支度をなさい」
「僕は、今日は、乗りませんよ」
「そんなことはない。あんたが乗らないということはない。そんなことをいうと、皆、乗らないといい出すよ。さあ、支度を」
「僕は、からだが悪いので……」
「どこが、どうわるい」
「心臓やその他……機上で人事不省になるなんて、醜態ですからねえ」
「なあに、心臓なんか、大丈夫だ。こんな機会は二度とないから、乗りなさい」
これは西原少佐殿と僕との押問答だ。これを傍で聞いている皆々は、愉快そうににやにや笑っているが、僕は笑い事ではない。
こんなことを数回くりかえした。
西原少佐殿は、熱心にくりかえし薦め、そして僕を元気づけてくれる。ここに於て、僕は秒前までの乗らないという決心をさらりと翻し、
「はい、乗りましょう」
といって、オーバーの釦に手をかけた。これが最初の宙返りであった。意志というか覚悟というか、それの宙返りであった。決意してしまえば、元々好きなことなんだから、とたんに、わがからだはもうふわっと空に浮んだようだった……。
機は約千五百メートルにとびあがった。
はるかな地上には煙霧が匐い、夕陽はどんよりと光を失い、貯水池と川とだけが、硝子のように光っていた。と、突如、からだがぐーっと下に圧えられた。機は奇妙な呻りをたてはじめた。いよいよ始まった、宙返りが……。
宙返りをしていることは、はっきり分っているくせに、「自分は今、本当に宙返りをやっているのかしら、夢を見ているのではないか」という疑念がしきりと湧いた。