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TORENDIA

兵営と文学

本文約2,300字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

幼年学校から士官候補生を経て将校に至るまでの軍隊生活において、周囲からの禁忌や圧力を受けながらも文学書に親しみ続けた経験を綴る。厳格な管理下で兵営の隙間を縫うように読書に没頭し、上官の詮索や検閲官からの問いかけに直面しつつも、自らの文学的感性を保ち続けた日々を描く。軍部という特異な環境と個人の内面世界が衝突する挿話を通して、時代とともに変容する軍事教育と読書の在り方を回想する。

岸田國士

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🎧 兵営と文学 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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こゝで所謂「戦争文学」の話をしようとするのではない。また、軍事教育と文学との関係を論じようとするのでもない。まして、軍人なるものが、如何に文学と関係の深い職業であるかを説かうとするのでもない。たゞ、次のやうな挿話を一括して、之に標題をつけるとすれば、まあ、かういふことにでもするより外ないと思ふのである。

僕は幼年学校にはひつて仏蘭西語を習ひ始めたが、少し本が読めるやうになり出すとユゴオのレ・ミゼラブルと、ルソオの懺悔録を読んだ。あれでもいくらか解つたものと見えて、その頃親しくしてゐた仲間に、処々の筋などを話して聴かせた。そんなことが級全般に知れ亘つて、「あいつは語学ばかり勉強しちよる。愛国心がなか。それにフランスの小説を読んぢよるさうな。怪しからん奴だ。殴つちやれ」と衆議一決したらしく、或る晩、僕は校庭の一隅に呼び出され、あやふく鉄拳の雨を浴びようとした。その時、先づ僕の罪状を述べ立てる役を引受けた男は、何でも生きた金魚を丸呑みにしたといふ「豪傑」である。僕はしかし、フランス語を勉強するのは、結局国家の為めではないかとかなんとか理屈を捏ね、将来軍事探偵にでもなつて敵地の奥深く侵入するやうな気勢を示したものだから、対手の「豪傑」連もやゝ気が挫けたらしかつた。

その後、僕はモオパツサンを耽読し始めたが、例の「一生」は女が寝台に寝てその傍に男が跪いてゐる表紙絵のついてゐるもので、流石に、この表紙だけは破いてしまつた。何れにしても、学校では文学書などを読むことは禁ぜられてゐたし、そつと隠れて読むより外しかたがなかつた。しまひには、五六頁づゝ引きはがしてポケツトの中へ忍ばせて置き、野外演習の休憩時間などにも出して読み読みした。ある日、それを区隊長に見つかつて、何を読んでゐると聞かれ、その区隊長があまり語学が達者でなかつたのをいゝことにして、「はい、フランスの野外要務令であります」と答へ、その場を切り抜けたこともある。

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