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TORENDIA

共同の目標

本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

日本新劇倶楽部の設立は、演劇界における共通の目的と組織の在り方を論じる。各個人の仕事とは別に、後の世代のために貢献する組織の役割や、合理性が欠如した芝居の社会に求められる公平な環境について考察する。華々しい活動よりも、個々の意志や才能を育て実らせるための良き演劇的雰囲気を醸成することこそが、本倶楽部の主要な使命であると定義し、その設立が持つ意義について自身の見解を綴る。

岸田國士

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🎧 共同の目標 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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日本新劇倶楽部が生れた。率直に云へば、甚だ漠然と生れた形である。しかし、さういふものが生れる必然性はあつたと云へる。非常に易々と生れたことからもさう考へられるし、生れたものに対する一般の期待が、相当大きいといふ事実もこれを証拠立ててゐる。

さて期待をもたれてゐることは事実として、また一方では、その期待に添ふやうな仕事ができるかどうかを危む気配も見えないことはない。

世間はどう見ようと、内部では、即ち倶楽部そのものとしては、自分自身の目標が見定められてゐる限り、期待が大きすぎるといふこともない筈であり、将来の発展如何は、全会員の熱度如何によるものと信じるより外はない。

いふまでもなく、この組織の性質からいつて、何等そこから、先駆的なものが生れる筈はないのである。加盟個人及び団体の特殊な立場を悉く抱擁しつつ、その何れにも偏しない最大公約数的理想の発見に向つて進むのが、この組織の使命である。

「自分の仕事」と「倶楽部の仕事」とを、適度に区別して考へることが必要だと私は思つてゐる。といふ意味は、自分独りでは「自分の仕事」も思ふやうに出来ないといふ利己的な計算は別として、自分の一部を、自分の後に来るものの役に立てようといふ若干の菩提心(?)があつてもいいのではないか。若い人々にはさういふ気持は望まれないかもしれぬが、強ひてさうでも考へて貰はなければ、この倶楽部の存在に興味をつないで行くことはできなくなるだらう。

凡そこれからの倶楽部の事業はその名目の如何に拘はらず、実績からみて、会員個々の全能力を発揮し得るものとは考へられず、「公平」且つ「合理的」であるといふくらゐがせいぜいのところだらうと思はれる。ところが、「合理的」であるといふことが、先づ何よりも芝居の社会には欠けてゐることを知らねばならぬ。それ故にこそ善いものが善いとされることが遅く、伸びるべきものがいつまでも伸びられずにあるのである。

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