還暦反逆
本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
還暦を控えた著者が、年齢を意識する周囲とのやり取りや、かつて暮らした浅草の旧知との偶然の再会を通して、自身の老いと時間について綴る随筆。還暦の祝いを拒みつつも、独自の方法で節目を捉えようとする心理や、かつて住む世界の異なっていた幼馴染との不思議な邂逅を描く。作中では、還暦の象徴的な赤色に対する反発と独自の解釈を句とともに示し、静かに巡る歳月の中での個人の生と記憶を淡々と振り返っている。
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去年の大晦日である。
――あなたも、いよ/\、来年は還暦ですね。
と、ある人にいはれた。
――さうですね。
と、ぼくは、それに対して、人ごとのやうにこたへた。
――だつて、さうなんでせう?……六十一におなりになるんでせう、来年?……
と、相手は、あきらかに、そのこたへに満足しなかつた。
――数へ年ならね……
ぼくのこたへはしかし、どこまでも素つ気なかつた。
が、あとでこれを知つた、還暦あるひはホンケガヘリといふ奴は、生れた年のエトとおなじ年のエトのふたゝびまはつて来ることで、かならずしも、だから、その年齢の、満、未満にはかゝはらないのだといふことを……
ぼくはいま/\しくなり、さうか、それならと、すなはち、
着ぶくれの
おろかなるかげ
曳くを恥づ
といふ句をつくり、
年寒し
うつる空より
うつす水
といふ句をつくつて、みづから嘲り、これに“還暦とや”といふ“前書”をあたへた。……あとの句は、薄暮たま/\海岸橋をすぎ、しづかに海に入る滑川の冷めたい水のひかりをみたときできたのである。
*
海岸橋といへば、これも矢つ張、去年のことだつたが、海岸橋のそのすこしさきを停車場のはうへ切れた松並木の途中、一の鳥居の近くで、あるとき、髪の真つ白な、頬のゆたかな、きはめて品のいゝ老女に、
――失礼でございますが、あなた?……
突然、ぼくは名まへをよばれたものである。
勿論、ぼくは、しかる旨をこたへて立留つた。そして、改めて、その顔をみた。……鎌倉在住の、とくにそれも、そのあたりに住む人であらうことは、戦争以来の風俗の、腰ッきりのみじかい上つ張を着、片手に買物籠を下げた恰好によつて一ト目で知れた……
――御記憶ないかも知れません。
と、その人は、しづかに、しかし歯切れよく、
――わたくし、以前、浅草の、お宅の御近所にをりましたHでございますが……
――あゝ、Hさん……
ぼくは思はずさういつて、そのまゝぼくの口辺の綻びるのを感じた。……“Hでございますが……”と、さういはれた途端、あまりに早く、あまりに直ちに、わたくし自身、その人の誰だつたかを思ひだすことができたから……
……ぼくは、そのHさんと、十五分あまり立話をした。