本文へ移動
TORENDIA

たゞの文学

本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

歴史文学とは何かという問いを端緒に、歴史と現代の境界、そして文学における真実のあり方を論じる。歴史に取材した小説を執筆した経験を振り返りつつ、誰しもが全体を把握できない「歴史」や「現代」を題材に、作家が独自の観点とスタイルで書くことによっていかに文学的な実在を生み出し得るかを考察する。真実を切り取ることの限界や、各人各説による文学の独立性を提示し、小説にとって何が本質的であるかを紐解く。

坂口安吾

速度
🎧 たゞの文学 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 3

歴史文学とはどういふものだか、さて、改めて考へてみたら、僕は今まで、さういふことに就て一向に考へてみたことがなかつたことに気がついた。歴史に取材した小説を書いたことはあつたけれども、その時でも、特に歴史文学といふ特別な意識で多少でも頭を悩した覚えが一向にない。「イノチガケ」を書いて小林秀雄の所へ持つて行つたら、彼は読みかけの「源氏物語」を閉ぢて「君、歴史小説を書くのは面白いかい?」ときいた。僕はまさにその当日までそんなことを考へたためしがないし、面白からうと面白かるまいとどうでもいゝ話のやうな気がしたし「とにかく、気が楽だね」と気のない返事をした。小林秀雄も気のない顔付で、さうか、とも何とも言はなかつた。僕はそれきり歴史文学のことを忘れてしまひ、今日まで、相変らず一度も考へたことがなかつた。先日、現代文学の座談会で高木卓をめぐつて歴史文学の議論百出であつたが、僕は一度も喋ることができなかつた。考へたこともないからだ。

いつたい、歴史文学といふものに、どういふ文学が対立してゐるのだらうか。我々は物心がつくと日記をつけることができる。見たり聞いたりしたことを特定の自家の生活として規定してゐる次第である。だから、歴史といふものは日記の手のとゞかない所にあるのだらう、と、今、考へてみたのだが、然乍ら、さう考へると、「現代」そのものが歴史でないと誰が言へる。

坂口安吾の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本