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TORENDIA

田沢稲船

本文約25,600字 ・ 読了時間 約52分

あらすじ(AIが作成しました)

十七歳の田沢錦子は、文人・山田美妙の小説に魅了され、自らも文学を志す。やがて錦子は美妙と結婚し、合作を発表するなど華やかな活動を送るが、家庭内の不和や夫の女性関係に苦しむ。夢見た文学と恋の破綻のなかで、故郷へ戻った錦子は深い心の傷を抱え、自身の過酷な運命と情熱の狭間で葛藤する。短くも激しい命を燃やした若き女性作家の数奇な生涯と、その最期までを綴る物語である。

長谷川時雨

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一

赤と黄と、緑青が、白を溶いた絵の具皿のなかで、流れあって、虹のように見えたり、彩雲のように混じたりするのを、

「あら、これ――」

絵の具皿を持っていた娘は呼んだ。

「山田美妙斎の『蝴蝶』のようだわ。」

乙姫さんの竜の都からくる春の潮の、海洋の霞が娘の目に来た。

山田美妙斎は、尾崎紅葉、川上眉山たちと共に、硯友社を創立したところの眉毛美しいといわれた文人で、言文一致でものを書きはじめ『国民の友』へ掲載した「蝴蝶」は、いろいろの意味で評判が高かったのだ。

源平屋島の戦いに、御座船をはじめ、兵船もその他も海に沈みはてたとき、やんごとなき御女性に仕えていた蝴蝶という若い女も、一たん海の底に沈んだが、思いがけず、なぎさに打上げられた。それは春の日のことで、霞める浦輪には、寄せる白波のざわざわという音ばかり、磯の小貝は花のように光っている閑かさだった。見る人もなしと、思いがけなく生を得た蝴蝶は、全裸になった――そのあたりを思いだしたのだ。

「あたし、小説を書こう。」

十七の娘、田沢錦子は、薬指ににじむ、五彩の色をじっと見ながら、自分にいった。

空はまっ青で、流れる水はふくらんでいる――

何処にか、雪消の匂いを残しながら、梅も、桜も、桃も、山吹さえも咲き出して、蛙の声もきこえてくれば、一足外へ出れば、野では雉子もケンケンと叫び、雲雀はせわしなくかけ廻っているという、錦子が溶きかけている絵具皿のとけあった色のような春が、五月まぢかい北の国の、蝶の舞い出る日だった。

むかしの、出羽の郡司の娘、小町の容色をひく錦子も、真っ白な肌をもっている、しかも、十七の春であれば、薄もも色ににおってくる血の色のうつくしさに、自分でも見とれることもあるのだった。その生々しさが湧きあがったとき、この娘は、

――なんて拙いんだろう。

と、自分の描く絵が模写にすぎないのを、腹立たしくなっていた。

――この色は出やあしない。こんな、綺麗な色は、ちっとも出やあしないじゃないか、残念だが――

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